本棚@

□それは、不確かに
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辺り一面を静寂と闇が包む頃。女は一人夜空を仰いでいた。昼間の様な賑やかさは一切皆無。吹き揺れる夜風が心地良く、月光の下で嗜む酒はまた格別。これ程までに旨いのなら、一人酒も悪くはない。

「美味しい…すごく」

心地良い夜風と美しい月光。それさえ有れば酒は旨く、寂しい夜も越せる。逢いたいと願っても逢えぬ己の愛しい人。早く逢って寂しさを掻き消したいのに、その願いは叶わず、杯片手に溜息をついた。

「シャンクス…」

愛しい名を呼んでみても、聞きたい声は聞こえなくて、安らぎ求めて呼んだのにその度に孤独が胸を締め付ける。最後に逢ったのは確か一年程前だったか。

「もう…来ないのかしら」

何とも言えぬ孤独感が身を包めば自然と流れる熱い雫。女は軽く涙を拭い、室内に入ろうと立ち上がる。先程までは魅了して止まなかった静寂も、今となれば己の孤独感に拍車を掛けてしまう。

(私はいつも一人だわ)

肉親を失った頃から彼女を付き纏う堪え難い思考。一人など慣れているのに…。自分は一人で生きていけると自負しているのに…。

「私はやっぱり…一人じゃ生きられない」





「俺がいても生きてけねーか?」

途端掛けられる聞き慣れた声。女は直ぐ様振り返った。

「シャ、シャンクス?」

「さや、もう終わりか?俺も少し味見してーんだが」

瞳に映った者は愛しい人。月光が彼を照らし、端正な顔立ちを引き立てていた。さやはすぐにでもシャンクスの胸に飛び込みたいのに、何かが邪魔をし気丈に振る舞う事しか出来ない。

「あなたは海賊だから、もう逝ってしまったのかと思ってた」

「おいおいさや、四皇を甘く見てもらっちゃ困るぜ」

「四皇でも人じゃない」

素直に愛を語りたいのにさやの口から出る言葉は、感情と異なった物ばかり。言いたい言葉は思い浮かぶのに、何かが邪魔して想いの思考を遮ってしまう。

(私はなんて馬鹿なんだろう)

「グラス、持ってくるわ」

「あぁ、頼むよ」

さやは微笑みながら立ち上がり、グラスを求めて戸棚を開けた。普通の恋人同士なら、肌を寄せ合い夜通し愛を語り合うのだろうが、彼等にはそれが出来ない。

(失う辛さはもう懲々)

頭ではシャンクスを何よりも求めているのに、彼女には成す術も無い。これ以上深く求めてしまうと離別の刻が怖くなる。叶う筈のない永遠を欲っしてしまう。

(彼と私は生きる世界が違い過ぎる。私達に永遠なんて無いのよ)

「どうぞ」

「ありがとう」

さやはグラスを渡し、並々と酒を注いだ。酒の水面に写る虚像の月は、ゆらゆらと歪み揺れる。シャンクスは一気に呑み干し、さやのグラスを酒で満たした。

「この月とさやがいれば、呑む酒は格別だな」

「お口が…お上手ね」

シャンクスに笑い掛けるさやは、どこか儚げで虚ろげに見える。

「さやは今、何を思っている?」

「……何も」

さやはそう呟き、先程から吹く夜風に身を震わせた。春島と言えど夜吹く風は少々冷たい。薄着一枚では耐え難く、呑む酒に温もりを求めていた。

「寒いのか?」

「えぇ、少し」

「はやく言え」

シャンクスは己のマントをはだけさせ、さやの小さな体を一本の腕で抱きしめ包み込んだ。

「シャ、シャンクス?」

「寒いんだろ?」

さやは一瞬驚くものの、己を包む愛しい香に身を委ねる。

(ずっと…こんな刻が続けば良いのに…)

シャンクスの逞しい胸板に顔を埋めながらさやはそう思ってみるも、そんな想いは決して口にはしない。否、口になど出来無かったのだ。瞳を閉じれば余計な物が消え失せて二人だけの世界に包まれる。


何より求める永遠と……

何より求めぬ永遠……


「今日はゆっくり出来るの?」

「いや、今日はもう行かねぇーと」


(今度は何時逢える?)

さやはそんな言葉を飲み込んだ。言えば彼を困らせてしまう。さやは常日頃からそう思っていた。

「さや、お前は無口過ぎる」

「煩く喋るのは苦手だから」

シャンクスは腕に力を込めさやを抱きしめた。夜風が二人を包み込み、甘い香が辺りに広がる。愛されていても、愛し方を知らないさや。どうやって愛を語れば良いのか、どうやって素直になれば良いのか。

さやはシャンクスに分からぬ様に溜息を付き、逞しく絡んだ腕を解いた。

「さや、俺は必ずここに戻って来る。だから……お前は待っていてはくれないか?俺の帰りを」

「…シャンクス、あなたはずるい男ね。勝手過ぎるのよ。やっぱり船乗りは嫌いだわ」

「あぁ…分かってる」



(あぁ…とうとう言ってしまった)



それが本音か偽りか。さやは残った酒を喉に流しながら呟いた。

杯を持つ手が震える。

愛をたくさん与えてくれるのに、しかしそこには必然的な離別の刻が存在して。

離別の刻など、もう懲々なのに。
愛しい人と離れる寂しさは、もう懲々なのに。

それでも感じるのは貴方からの変わらぬ愛。

「さて、俺は行く。さや、余り呑み過ぎるなよ」

そう言い残し、シャンクスはもと来た道を戻った。愛しい温もりだけを残したさやの腕は虚しく空を切り、脱力感に負ける。

こんなに遠い愛しい人。遠くて遠くて手など届かないのに、シャンクスはさやを容易に捕まえる。

「勝手…なのよ」

振り向くとシャンクスの姿と引き換えに、置かれた物に気がついた。片手に納まる程の小さな箱。さやは不思議に思いその箱をそっと手に取った。

「…ッッ!!…シャン…クス…」

中に入っていた物は宝石の光る小さな指輪。その宝石は紛れも無いさやの誕生石。逢いたくても逢えないのに、欲しい時にその愛は無いのに…シャンクスはさやを甘く縛り付ける。

「馬鹿…シャンクスは勝手過ぎるのよ」

さやはその指輪に口付けし、また静寂に身を委ねたのだった。





「連れてってなんて言わない」





end

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