本棚@

□あいをかさねる
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断続的に耳を打つ激しい雨音。劣化の進んだ屋敷の窓を、数日前から降り続ける雨が容赦なく打ちつけ、少しばかりの隙間風が肌寒かった。

「ミホーク、寝た?」

先程から聞こえる彼の寝息は規則的で、返事が来るとは思わないが、逞しい胸板に顔を埋め乱れた髪を指に絡めた。

ゆっくり目を瞑ると下半身に残る余韻が強くなる。何度も愛されたと言うのに、体の奥から込み上げる熱は私の理性をかき乱し、性が露になってゆく。彼の愛は痛い位に伝わっているのに、それでも不安になる心は、女々しい女のソレで。

「…なんだ」

「…起きてたの?」

そっと胸に置いていた左手が彼の大きな手に包まれる。閉じられていた彼の目がゆっくりと開き、少し悦を孕んだその視線と、私の視線が絡まった。

「そんなにじゃれられたら誰でも起きる」

「あぁ、そうよね。ごめん」

毒が混じった言葉にさえ優しさを感じるのは、私の脳の誤作動だろうか。

「眠れ…ないの」

「そうか」

私を愛してくれる愛しい彼も、いつかは居なくなってしまうんじゃないかと言う不確かな不安と、この先ずっと彼は私を愛してくれるだろうと思える不確かな自信が私の胸を締め付ける。その思考に答えなど見えなくて、私はまた思いの丈をぐっと飲むのだ。

「ワイン…飲むか?」

「ってミホーク。明日は海軍本部に行く日でしょう?他の七武海も集まるんでしょ?」

「……しらん」

その一言だけを吐き捨てる様に言うと、ミホークはすっと起き上がり、一人ベットから抜けた。突如冷える大きなベットは私の寂しさに拍車をかける。何度も愛を囁いてくれるのにそれでも尚、不安と寂しさを感じる私は、自分が思っている以上に強欲な女の様だ。

彼のいた所に触れると、微かに残る温もり。

(あぁ、私はこの温もりに抱かれたんだ)

「さや、ほら」

「ん、ありがと」

差し出されたワイングラスを受けとると冷えた背中をすっぽりと包まれ、後ろから聞こえるのはワインコルクが擦れる音。勢い良くキュポンと外れると、甘くて少し苦いワインの香りが鼻を掠めた。

「主は…さやは利口過ぎる」

注がれたワインを口に含むと喉を焼く感覚。アルコールと果実の香りがツンと鼻腔に広がった。

「利口?私が?」

好きだとか、愛しているだとか、そんな言葉など何の役にも立たないのだ。

「俺に望む事は何でも言え」

肌で愛を感じればそれで充分。

「私は強欲なの。そんな事言ったら、無理ばっか言っちゃうかも」

こうやって眠れない夜に一緒にワインをのんでくれる、それで充分。

「好きな女の欲くらい叶えてやれるぞ、俺は」

それ以上を求めてしまっては、本当に強欲な女になってしまう。私は注がれたワインを飲み干した。

「もう充分よ、ミホーク。あなたは私の望みを全て叶えてくれたもの」

笑いながら振り返り見上げると、ミホークもゴクリとワインを飲み干して少しばかり不機嫌に、嘘をつくなと呟いた。その目は真剣そのもので、人が何故彼を鷹の目などと呼ぶのか、今更ながら分かる気がした。一度でも目が合えば全てを射抜くかの様な眼光に、体の自由を奪われる。それは心の自由も同様で。

「そんなに俺が信じられないか?」

「そ、そんな事…」

「俺は何があろうがさやを逃がしてやらぬぞ」

そう言うと彼は羽織ったガウンのポケットから、小さな箱を取り出した。綺麗に結ばれたリボンをほどきそっと開けると、暗がりでも分かる程の輝きが姿を表した。

「ミホーク…これ…」

「さやが勝手に逃げない様にする為の足枷だ」

私の心を読んでいるかの様なミホークの言葉に、先程まで私を締め付けていた不安はいつの間にか消え失せ、優しく包んでくれる彼の愛に私の脳はショートする。

「断る理由はないだろう?」

そっと嵌められた左手のソレは悔しい位に美しく、悔しい位に…





「愛している、さや」





愛を感じた。





end

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