本棚@

□確かに愛だった
1ページ/2ページ


浮世が深紅に染め上げられた…そんな夕暮れ時、何処も畏もそれこそ真っ赤で、まるで体が焼かれている様。いっその事、心をも燃やしてくれれは良いのに。そんな馬鹿げた事を考えていた。

課せられた討伐任務も終わり、報告書にペンを走らせながらふと見た夕日。なんて綺麗なんだろうと肘をついて、ただぼんやりと心を休める。

無慈悲にも繰り返される日常。こんなにも一日が長いのかと今更ながら気付く自分に可笑しくなる。そんな中、私の心を翻弄するのは奴の顔。

(私は唯、海軍として生きているだけなんだ)

あいつだけは守ってやりたいんだ――。

守れる器も無いくせに…そう毒づく私は可愛いげがない。

さやは俺がいなくてもやっていける。強い女だから――。

そりゃ海兵だし、その辺の女よりは強い。強くなくては生きゆけないもの。

もう何もかもが面倒臭い。不確かな愛と上辺だけの言葉。直ぐに崩れ落ち、灰と可す脆過ぎる約束。すべて…己以外の全てが消えてしまえば楽になれるのか……


「あらら、まだ残ってんの?」

夕日に見入っていた時、ふと入り口のドアが開いた。面倒臭そうな足音と、面倒臭そうな声の主はやはり予想通りの人物だった。

「大将…あ、もう終わります。すみません」

「いや、すみませんって事はないけども。それよりも書類一枚に何で二時間も掛かんの」

壁に掛けられた質素な時計に目をやると、確かに二時間。私は二時間もの間をぼうっと浪費していた事にやっと気付く。

「なかなか終わらなくて」

「あらら。早くしねぇと日が暮れるぞ」

そう言いながら私と向かい合わせに座り、無言でペンを持つ大将の姿に思わず冷や汗が吹き出した。

「た、大将。何を…」

「どれどれ。あららら、こんなにたくさん。どっから潰すかー」

「大将!!大将にお手間をかけさせる訳にはいきません!!」

「いーのいーの。あ、言っとくけど、手伝う替わりに俺と付き合って貰おうなんて下心…あるからね」

普段は面倒な事から逃げて秘書を困らせている彼なのに、なぜろくに話した事の無い部下の手伝いなんか。私は信じがたい言葉に焦りを覚えたが、そんな疑問に対し彼はサラリと下心を認めた。

「な、なんかそんなにあっさり認められたら、私、何も言えないですね」

「まあそれが俺の手だからね。んー、まあ本気で狙った女にしか使わないけど。さやにだけね」

「なんで私の名前を…」

「知ってるさ。ずっと前からさやを見てたからな。最近ちょっと頑張り過ぎじゃない?いくら准将に昇格したからって、そんなに頑張ったら体壊すぞ。人の上に立つ准将が潰れては、ほかの海兵はどうすりゃいいんだよ」

人の上に立ちたいとか、海兵として評価されたいとか、そんな事はどうでも良かった。ただ、己が掲げる正義を貫きたいと、この平和を守りたいと、そう思っただけなのだ。

正義を貫くため、平和を守るため、そのためだけに辛い道にも堪えて来た。力も得た。こんなにも望んでいたものを手に入れたのに、それ以上に欲っした私が馬鹿だったんだ。



「で?さやはいつまで引きずるつもりなんだ?」

そう自虐的に考えていると大将が冷めた口調で聞いて来た。そう言う大将の目が真剣過ぎて今の私にはキツすぎる。

「ご存知だったのですか?だけど私は引きずってなんかいませんよ。もう済んだ事ですから」

アイツがあの子を選んだ訳で、私自身には何ら支障は無い。厄介者が居なくなった…それだけの事。そう思っている筈なのに、何故か大将の目を直視出来ないでいる自分。普段とは比べ物にならない程に真っ直ぐな目を見てしまうと、自分の中の何かが粉々に砕けそうな気がする。

私はそんな心中をごまかすために、ぼうっと窓越しの夕日を見て飲みかけのコーヒーを口にした。

「さやは嘘が下手だな。暫く前のさやは、そんな虚ろな目じゃなかっただろ」

折角夕暮れ時を楽しんでいたと言うのに。やっと束の間の安息を手にしたと思ったのに。いくら大将青雉と言え、他人の神経を逆撫でする事が許されるのか。無性に腹が立って、勢い良く立ち上がった。

「……同情、でしょうか?」



.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ