本棚@

□おはよう、愛しい人
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何かの夢を見ていた気がする。頭の中では夢見た情景が浮かんでいるのに、虚ろなピースを繋げられなくてそれがどこかもどかしい。ただ、それでも胸が締め付けられる様な苦しさがないと言う事は、見た夢はどうやら悪夢ではなかったらしい。

「おはよ、さや」

虚ろな考えを巡らせながら枕に顔を埋めて微睡んでいると、夢で聞いた声がさやの脳を少しだけ覚醒させる。少し重たい瞼を開けると優しく見つめるクザンの視線に、さやは頬に血が集まる感覚を覚えた。

「いっ、いつから起きてたの!?」

「30分くらい前」

慌てて毛布を引き上げて顔を隠してみるものの、無防備な寝顔を30分も見られたのかと、疼く羞恥心に耐えられない。

「ずっと見てたの?」

「うん、ずっと。だって見ねぇと勿体無いでしょーが?」

いつもならさやより先にクザンが目覚めるなんてあり得ないのだが、余程疲れていたのか、ふと時計を見るといつもの起床時間から2時間も過ぎていた。普段見られないさやの寝顔を堪能出来たクザンは心なしか嬉しそうにも見てとれる。

「ごめん!!2時間も寝過ごした!!クザン、大遅刻だわ!!」

「さや。俺、今日休みだけど?」

慌てて起き上がろうとするさやの体は一瞬で自由を失って、気づけば大きな胸の上。ピタリとくっついた左耳からは規則的な心音が聞こえ、抱きしめられると男性特有の高体温に包まれる。

氷結人間の彼の肌は実は温かいなんて事、さやは人になど言うつもりはなかった。

「休みなの?私、初めて聞いたんだけど」

「初めて言ったからな」

「いつ休みだって分かったの?」

「んー、昨日?」

そう言いながらわざとらしく惚けるクザンにハッとして、枕元の時計を見ると、ちゃっかり止められた目覚まし機能。ベットの下には飲みかけのコーヒーが入ったマグ。そしてクザンからほのかに香るコーヒーの香り。

全て彼の企みだったと言う事は、この状況証拠から見て明らかだった。

「本当はいつ起きたの?」

「可愛い寝顔を2時間も見られるとは、良い休みだな」

クザンの悪戯癖は今に始まった訳ではないが、良い歳した大の男が何を遊んでいるんだと、さやは少しばかり呆れていた。これで大将なのだから、海軍の上役は一体何を考えているのだろうか。

さやはクザンに分からない様、小さく細く溜め息をついた。

「なんでこんな子供みたいな事したの?」

「さやの寝顔が見たかった、それだけ」

クザンは少しばかり不機嫌なさやの首に優しく口付け、怒るなよと呟いた。

「私、夢を見たわ。クザンの夢」

騒々しい日常の、ほんの少しの休息。

「俺の?」

明日になればまた、いつもに戻るけど、

「どんな夢かは忘れたわ」

今日1日位、クザンの我が儘に付き合ってあげるのも悪くない。さやは諦め、今日の全てを彼に委ねたのだった。



プツリと外れる下着の感覚と、肌を撫でるクザンの指先を、背に感じながら。





「夢だけじゃ、足りねぇだろ?」





end

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