本棚@
□とびきり甘いのをあなたに
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「ねぇ、シャンクス。そんなに美味しい?」
キレイに結ばれたリボンをほどき、箱を開けたのが気に入らない。
「あ?まぁな。さやも食うか?」
普段甘い物を好まないシャンクスが、三つ目のチョコレートを口に含んだのが気に入らない。
「いらないわ、チョコなんて」
そして何より、他の女からチョコレートを貰ったのが気に入らない。
「なんでだよ、さや。甘いモン、好きだろう?」
そんな本命感たっぷりなチョコなんて食べたくねぇっつーの!!さやは心の中で精一杯毒づいて、四つ目のチョコを手に取ったシャンクスを睨み付けた。
見るからに甘そうなチョコレート。普段ならとびきり苦いビターチョコレートを食べて調度良いなんて言う彼が、今日に限ってはミルクのソレにホワイトのソレをマーブル状に織り混ぜた、超絶に甘そうなモノを、パクパクと口に含んでいるのだ。そんな彼を目の前に、さやはあからさまな舌打ちをしてみせた。
「おいおい、何怒ってんだよ」
「はぁ?もともと、こう言う顔なんです」
コートの内ポケットに入れた小さな箱は、もはや意味のない物と可してしまった様だった。とびきり苦いビターチョコレート。この船に乗るクルーの内、それを好むのはお頭である彼くらい。故に内ポケットのソレを再利用する事など出来ないのだ。
ニヤニヤと冷やかされ、刺さる視線に耐えながらもコックに頼んで何とか作り上げたのに、いざ渡そうとしたらこれだ。今のさやは誰よりも不機嫌だった。
「さや、おい、ちょっと待てよ!!」
いつもならさやの顔を見るたびに、好きだ好きだとストレートに想いを告げるシャンクスなのに、今日に限っては何も言わず、ただ無心にどこぞの女から貰ったであろう激甘なチョコレートを頬張っていた。
この時点でさやの苛立ちは最高潮なのだが、それ以上に自惚れていた自分が一番気に入らないのだ。好きだと言われる事に慣れすぎて、自分の想いなど口にした事もないし、彼女のポジションにいる訳でもないさやは、そんなシャンクス基、そんな自分に腹を立てた。
他の女からそんなモノを貰うななんて言えないし、言える立場でない事に漸く気付くと、無性に胸の奥が痛む。
「…何よ」
「何よじゃねぇ。何で怒ってんのか聞いているんだ」
胸糞悪いこの船長室から立ち去ろうと、踵を返しドアノブに手を掛けた時、力強いシャンクスの腕にさやは拘束された。しっかりと腰に巻き付いた腕のせいで、さやの体は前に進めず、二人の距離は一気に近付いて、そんな彼から甘い香りが漂っていた。
「何よ。甘い物、嫌いなくせに」
「あぁ、甘いモンは嫌いだ」
「じゃあ何で食べてんのよ」
「貰ったからな」
「なんでそんな物、貰うのよ」
確かに自分から好きだなどと口にした事は無いが、きっとシャンクスは自分以外からのチョコレートなんて貰わないだろうとたかをくくっていた自分が恥ずかしい。
「何でさやにそんな事、言われないといけないんだよ」
全くもってその通り。
さやは目一杯の力で彼を振りほどこうとしたが、尚も締まる腕に太刀打ち出来ない。それどころか、どんどん密着度が増し、その距離はシャンクスの吐息が感じられる程。突如背中にゾワリと冷気を感じたかと思うと、シャンクスはさやの耳に唇を這わせていた。
「あっ…ちょっと!!…やめっ…」
「さや、早く言えよ。俺が好きだって」
耳、頬、瞼、首。
無遠慮に、そして挑発的に繰り返される優しいキスにさやの体は血気が増し、甘く痺れる意識を保たせようと固く瞳を閉じた。
「す、好きなんかじゃないっ」
「じゃ、これは何だよ」
コートの中に手を差し込んで、身体中を舐めるかのように探り、行き着いた先は内ポケット。ゴソゴソと取り出されたのは、可愛らしい紙に包まれた物だった。それをさやに開けろと手渡すとそろりと開く包み紙。中には見るからにビターなトリュフが五つ程入っていた。
「さや。ちゃんと言ってくれねぇなら、俺はあのクソ甘いチョコをよこした女の所に行くぞ。どうせ出港まであと三日は掛かるからな」
これならどうだと良い放った口許は、ニヤリと口角が上がっている。
「や…やだ。行か…ないで、シャンクス。あんなチョコ…なんて食べないで」
今にも消え失せそうな声は微かに震え、少しばかり詰まる言葉にシャンクスはやり過ぎたと慌て、そっとさやの体を反転させた。
普段は素直に好きだなんて言わないくせに、他の女にシャンクスを捕られると思うと無意識に溢れる涙。悔しいやら、腹が立つやら、悲しいやら、溢れる涙の止め方をさやは忘れてしまった様だ。
「すまねぇ、泣かせるつもりは無かったんだ」
「い…行かないで…」
次々と溢れる涙を指て掬い、宥める様に頬を撫でる彼の手が心地良い。
「あぁ、行かねえよ。だからもう泣くな」
シャンクスの大きな胸に飛び込むと耳障りな程に波打つ心音。それが自分のものなのか、シャンクスのものなのか、さやには分からなかった。
「好きなの」
「知ってる」
「大好きなの」
「それも知ってる」
決してチョコレートの匂いではなく、身を包むのは甘い甘いシャンクスの香り。少し煙草臭くて海の匂いがする彼に、さやの心は甘く拘束される。
「俺もさやが好きだ」
「うん、知ってる」
シャンクスはクスリと笑いながらトリュフを一つ口に運び、さやにそっとキスをした。
とびきり苦くてビターなトリュフを作ったのに、そのキスの味はとびきり甘い味だった。
「口直し。やっぱりこうじゃねーとな」
シャンクスが慣れない物を食べ過ぎて、耐え難い胃痛に悩まされたのはまた別のお話。
end
Happy Valentine!!