本棚@
□ローズにキス
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あぁ、最悪だ。
「あぁ!!ルフィ!!あんた、私の分は!?」
「シシシッ。早いもん勝ちー!!」
「ルフィ!!覚えてなさいよ!!」
私も食べてみたかった。ロビンが買って来てくれた珍しいローズキャンディ。もう出港してしまったし、わざわざさっきの島に戻ってまでは欲しくないけれど、限定品とくればそりゃあ私だって味見してみたい訳で。
「ごめんなさいね、さや。ちゃんと取っておけば良かったのだけど…」
「あぁロビン、気にしないで。次の島でルフィにとびっきり上等なのを買ってもらうから。ってか、買わせるから」
困った顔をするロビンを前に、腕を組んでさも怒ったかの様に言うと、ロビンはふふっと微笑んだ。フワッと流れる潮風にロビンのサラサラな黒髪が優しく揺れ、同じ女だけれどつい見とれてしまう。
「仕方無い。サンジにハーブティでも入れて貰って来る」
「そうね。サンジならまだキッチンよ。とびきり美味しいのを入れて貰うといいわ」
ロビンに軽く手を振って、デッキを歩きながら空を見上げると、眩いばかりの夏の日差し。ギラギラと肌を刺し、無防備な素肌にはキツ過ぎる。キャミソールから露出させた肩がジリジリと焼け、私は慌ててカーディガンを羽織った。
「サンジー、何か飲み物もらえる?」
「あぁさやちゃん。いつものハーブティで良いかい?」
キッチンへ繋がる扉を開けると昼食の準備が終わったのか、ソファーに腰かけてコーヒーを飲むサンジの姿。すぐに入れるよと立ち上がり、コンロを着火させる音がキッチン中にこだました。
ふとテーブルを見ると大皿に盛られたサンドイッチ。
「うわぁ。今日のお昼はサンドイッチなの?」
「そうだよ。甲板の日陰で食べようかと思ってね。さやちゃん、味見してみるかい?」
小皿に盛り付けてくれたサンドイッチと、淹れたてのハーブティ。ルフィに見つかったら大事だなと思いながらサンジの言葉に甘え、美味しそうなサンドイッチを頬張った。
フワフワなパンとコクのあるツナ。それにちょっとだけマスタードが効いたマヨネーズが合わさって、私のお腹を満たしてくれる。シャキシャキと瑞々しいレタスがサッパリしてて、五臓六腑に染み渡るとはよく言ったものだと一人で納得。
そう言えば、朝は食欲なくてあまり食べてないんだった。
「どう?お味は」
「美味しい!!でもこんな所をルフィに見つかったら大変ね」
「そうだな。戦争が起こる、間違いなく」
向き合って座るサンジとクスクス笑い合い、サンドイッチをもう一つ頬張ると今度は甘酸っぱいフルーツサンド。料理の腕はもちろんのこと、レパートリーのその多さに、本当にサンジは一流コックだなと感心する。
「そう言えば、さっきデッキの方からさやちゃんの大声が聞こえたんだが…どうしたんだい?」
「ルフィにロビンが買って来たバラのキャンディ盗られたの。サンジ、食べた?」
あぁ今食べてる、と口をモゴモゴさせるサンジの姿にやっと消えた悔しさが再び加熱した。そう言えばサンジからはふんわりバラの香り。
「あー!!良いなぁ。私も食べたかったー。ルフィの奴、絶対許さないわ!!食べ物の恨みは怖いんだから!!」
飲み終えたカップと小皿を重ね、ご馳走さまと目を閉じるとお粗末さまとサンジが言う。いつ命を狙われてもおかしくない海賊業。それこそ明日を生きられる保証なんてこれっぽっちもないけれど束の間の休息。追われる身でもこれくらいの幸せ、あっても良いじゃないか。
「ありがとう、サンジ。美味しかったよ」
「さやちゃん」
「んー?」
「そんなに食べたいかい?ローズキャンディ」
汚れた食器を片付けしようと立ち上がるも、サンジによって食器は奪われ再びテーブルの上に置かれた。私がまだあるの?と目を輝かせると、サンジはニコリと笑う。
「食べるかい?」
「うん、食べたい!!」
すると突然腰を引かれ、密着する二人の体。私の腰に回されたサンジの腕は力強くしまり、近すぎる端整な顔に心臓が爆発しそうな程に高鳴った。
「え!?ちょっ、サンジ!?」
「食べたいんだろ?」
空いた右手でアゴを捕まれると、強制的に固定される私の視界。目に入ったサンジはまるで獲物を狙う捕食者の様に挑発的。私はまんまと罠にかかってしまった様で、その証拠に指一本動かせない。
「サンジ!?ねぇ…ちょっ…んんっ!!」
お互いの距離がゆっくり近づくと、唇に感じる温かい感触。サンジの舌が私の唇を割って口内に侵入する。上アゴを這う舌から逃げようと、咄嗟に身を引こうとするもサンジに固定され、それすら叶わない。口内をぬるりと器用に動く舌は、私の脳を揺るがせた。
「んっ…ふぁ…」
尚も続く激しいキス。サンジは一通り口内を味わうと名残惜しそうに唇を離し、私の濡れた口元を親指で拭った。
「美味しいかい?」
サンジの唇と引き換えに口内に残ったのは、甘い痺れと甘いキャンディ。華やかなバラの香りが鼻を抜ける。少しばかりタバコの匂いも混じっていて、今のは現実なのだと酸欠の脳は理解した。
「言っとくけど俺、こんな事するのは好きな子だけだから」
今の私にはサンジの告白めいた言葉にさえ満足に反応出来ず、くすぐったい空気に頬が紅潮する。そんな中、バタンと勢い良く扉が開いたかと思うと腹減ったー!!と叫ぶルフィを先頭に、続々とクルー達が入って来た。
「サンジー、飯ー!!」
「うるせー!!もう出来てっから、とっととデッキに運びやがれ!!」
はーい、と素直に応じるクルー達によって引き戻された今。これを頭の中で整理するには、もう少し時間がかかりそうだ。
「さや?どうした?ボーっとして。どっか調子が悪いのか?俺、診察してやるぞ」
「え、あぁ。大丈夫よ。ありがとう、チョッパー」
チョッパーの言葉で皆の視線が一斉に向けられる。その視線に煽られるのは少しばかりの背徳感。
「おい、どうしたさや。まださっきの事怒ってんのかぁ?」
「いや、ホント大丈夫だから」
信頼しあえる仲間との、何気ない日常。こっそり味見するのも美味しいけれど、やっぱり皆で食べるのが一番良い。
いつ命を狙われてもおかしくない海賊業。それこそ明日を生きられる保証なんてこれっぽっちもないけれど束の間の休息。追われる身でもこれくらいの幸せ、あっても良いじゃないか。
「行くぞ!!、さや」
「あ、うん」
ルフィに手を引かれキッチンから出ようとした時、ふとサンジの方を見ると口元で人差し指を立てて優しく微笑み、その唇が音もなく動いていた。
確かにその唇はこう言っていたんだ。
ひみつだよ
……と。
end