本棚@
□凍てつく
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「俺は謝らないよ」
気づけば見知らぬ天井に、見知らぬ部屋。知っているのはこの人位だ。
「謝るなんて…そんな」
自分のと比べて一回り以上大きなベッドは、本部の廊下ですれ違う度に感じた香りと同じだった。
「さやを抱いた事、俺は謝らない」
下腹部の違和感、腰の鈍痛、ベッドの下には乱暴に開封された四角い外袋。おぼろ気に残る昨夜の記憶を証明するには、充分過ぎる証拠だった。
「私の方です、謝らなきゃならないのは」
私はシーツにくるまって、産まれたままの姿で横たわるクザン大将に背を向ける。
「やめてよ、そう言うの。想って抱いた自分が惨めじゃないの」
露になった背に落とされる優しいキス。長く伸ばした髪を撫で、だから止めてと彼は呟いた。
ズキズキと、まるで頭に心臓があるかの様に脈打つ頭痛は、異常なまでの喉の乾きを余計に増幅される。
「すみません、クザン大将。お水を一杯頂けますか?」
「言うと思った」
私が言う事を予想していたかの様に手渡されたペットボトル。私は迷わずキャップを捻り、カラカラに渇いた喉に流し込んだ。焼ける様な熱い喉によく冷えた水が流れ込み、のぼせ上がった頭が一気に冷却される。
ふと時計を見ると昼を少し回った頃。あぁ、やってしまったと酒の残る頭で考えた。
「大丈夫。俺からボルサリーノには伝えてるから。今日は有休。俺は元々休みだけどね」
その名前を聞いた時、胸の奥に痛みを覚える私は如何せん残念な女の様だ。
「…それで、ボルサリーノ大将は…何と?」
「分かった、だと」
どうせ叶わぬ恋だったのだ。帰るべき場所がある人を愛してしまった私の、痛恨のミス。
「あいつは俺と違って仕事人間だからな、秘書のさやがいなくても何とかなるさ」
秘書としても、女としても、何もかも私には必要性がない。秘書として職務に就いても、女として抱かれても、二番目の女は所詮特別にはなれないのだと、痛む頭が言っている様で。
「昨日、俺があのバーに行くまで、一体どんだけ飲んだの」
「…覚えていません」
「…だろうね」
これを世間ではやけ酒と言うんだよと、半ば呆れた様にクザン大将は呟いた。
あの人の優しい笑顔だとか、温かくて大きな手だとか、自分が特別だと一時でも思える鎮静剤は、副作用がキツ過ぎる。
「…泣くな、さや」
両目から溢れだす止まらない涙も、きっと副作用なんだ。
「…泣くなよ」
クザン大将は心の奥から振り絞ったかの様に呟いて、ギュッと私を抱き締めた。
「俺が忘れさせてやるから…だから泣くな」
end