本棚A

□ラビリンス
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きっと私は終わりのない迷宮で彷徨っているのだ。もがけどもがけどそこに果てなど見えなくて、いっそのこと出会わなければ良かったと、愚考が私を支配する。

自身が招いた事なのに、恰も第三者の様に過去を哀れむ今の私は酷く滑稽で、そんな自分へ嫌悪感すら覚える。

「痛いだろう、ひな」

古傷が痛々しく残る肩に、真新しい傷が増える。めりめりと肉に歯が食い込む感覚は私を酷く高揚させ、欲に満ちた満足感に包まれた。下顎にグッと力を込めるとより一層肉に沈み、口内に独特な鉄臭さが広がる。

「あなたの味を知る女はいても、あなたの血の味を知る女はいないでしょう?」

流れる血を舐めとって痛々しい歯形に指先を這わせると、レイリーの体がピクリと動いた。大して痛くなど、ないくせに。

「そうだな。私の血を味わったのは君くらいだよ」

恍惚な表情を浮かべ執拗に指先を這わせる私に、それを好むのもな、とレイリーは鼻で笑った。

ベッドの端に座り背を向けたままのレイリーは視線だけをこちらに向け、白の混じった長い髪がはらりと肩からバラける。情事後の体はしっとりと汗ばみ、月明かりに照らされたその頬には一筋の汗が光っていた。

「ねぇ、私ね、もうここへは来てくれないと思ってたの」

噛み付いた肩の出血は止まり、そこが赤く腫れている。背に爪を食い込ませる女の業は狂気に満ちて、もはや正気の沙汰とは思えないが、自分のしている事の方がよっぽどイカれていると、己の狂気に恐れを感じた。

「私が来ては迷惑かい?」

「……いいえ」

生娘でもあるまいし、一度や二度抱かれたからと言って心までは抱かせない。直ぐに本気になる業はまるで子供のそれで、心を殺せないのなら、そんな愚行に走る事自体が過ちなのだ。

「ひな、私以外の男に抱かれただろう」

「抱かれたわ…と言ったら?」

大きな背中越しに感じるレイリーの鼓動はトクトクと規則的で、罪悪感に似た念を生む。しかしそれはあくまでも似ているだけで、決して罪悪感ではない。

「私はその男を殺してしまうかもしれない」

不確かな関係、確かな想い。

想いの丈をぶちまけようとも、私の中の第三者が邪魔をして、もはや譫言の様に消え失せる。

「でも…あなたの側に、私を置いてはくれないのでしょう?」

何もかもが遅すぎたのだと、全てを時のせいにすれば私は抜けられるだろうか………

「ひなのような若くて美しい女性は、こんな年寄りには勿体無すぎる」

終わりのないラビリンスから。



今の私は自分がどこにいるのかすら分からず、正しき道を記した地図すら持ってはいない。



「勝手な人……」





迷宮のどこかで、それを落としてしまったからだ。





end

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