本棚A

□そんな日は君を抱いて
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「黄猿さぁーん、起きて下さーい」

頬に感じる微かな痛みで意識が現実に帰ってくる。ゆっくりと目を開けると痛みの元凶が笑っていた。

「ひな…ちゃん?」

「ひなちゃん?じゃありませんよ。今が何時だか知ってますか?」

そう言いながら自分の頬をペチペチ叩くひなに痛い痛いと呟くが、そんな微かな痛みよりベッド脇のテーブルに置いた目覚まし時計の方が、ボルサリーノの脳を一気に覚醒させる。

「え、11時!?」

普段は眠くなる程にゆっくりと喋る上司も、さすがにこんな時は早口になるんだなとひなは一人笑った。

窓から見える太陽はほぼ真上を射しており、夜明けどころか昼の訪れさえ感じさせる日光が、燦々とボルサリーノを照らしている。

「オ〜やっちまったァ〜。こんなに寝坊したのは新兵の頃以来だよォ〜」

眩しいのか、それとも元々なのか、いつものサングラスを掛けていないボルサリーノの瞳は視野の限界にまで細められ、その顔に焦りこそ見受けられないが少なからず昨夜の事を後悔している様だった。

「飲み過ぎです」

ベッドの下に転がる酒瓶はどれもこれも度数のキツいものばかり。空き瓶が転がっているのにグラスや水の入れ物がない所を見ると、全てロックで飲んだ事はひなでも容易に想像がついた。

普段真面目で飄々としていながらもきちんと仕事を熟すこの人が、時間になっても職場に現れない事に驚愕したが、これでやっと合点がついたのだ。

「オ〜ごめんよォ〜。わざわざ起こしに来てくれたのか〜い?」

ゆっくり上体を起こし、ガンガンと鳴る頭に手を添えたボルサリーノは申し訳なさそうに呟くが、ひなの目だけは見られず俯いた。

「皆さん怒っていますよ。特にセンゴク元帥が」

確か今日は9時から会議があったはず。昨日の仕事帰り廊下でばったり会った元帥に、必ず来る様に青雉に伝えておけと釘をさされたと言うのに、そんな自分がこれだ。

ボルサリーノはこりゃあ始末書モンだなぁと、久しく書いていない書類の書き方を思い出していた。万年始末書男のクザンと違ってその書き方すら覚えていない自分には、まだ弁解の余地はあるかと邪念が過るが、忙しいだろうこんな日に補佐官を送るなど、状況は余程深刻なのだろうと冷たい何かが額を伝う。

「ふふ、嘘ですよ。皆さん心配しています。あの黄猿が無断欠勤などする筈がない!!青雉でもあるまいし!!」

顎下を触りながらキリリと眉尻を上げて勇ましく言う所を見ると、それはきっと元帥の物真似だろう。ボルサリーノはくすりと笑ってひなの名演技を眠気眼で見つめた。

「あららら。センゴクさ〜ん、そりゃないでしょ〜よ」

「きっと体を壊して休んでいるに違いない!!どう思う、ガープ」

「あの黄猿が無断欠勤とは…余程悪いのか?無事じゃといいが…」

「あいつはお前とちごて真面目じゃけぇのぉ」

「そうだ、ひな。黄猿の自宅まで行って様子を見てきてくれ」

「あららら。皆して酷いじゃないの」

クザン、センゴク、ガープ、サカズキあたりだろう。一言毎に体の向きを変えるひなの一人芝居にボルサリーノの顔が綻びる。

「まぁ…こんな感じです」

少しだけ息を上げてやりきった後の清々し顔をするひなの、何と可愛らしい事。思わず吹き出して笑うボルサリーノにひなは赤面して甲高い怒号を上げるが、その怒号でさえも可愛いと思ってしまう。ボルサリーノは立てた膝に顔を埋めて笑った。

「もうっ!!どれだけ心配したと思ってるんですか!!」

「オ〜ごめん…くくっ…ごめんよォ〜」

じんわり汗が滲むひなの額は、本部から走ってここまで来た事を物語っている。ボルサリーノは何だかそれが嬉しくて、二日酔いのしんどさも幾分か楽になった気がした。

「それに玄関の鍵が開いてました。無用心ですよ?」

「大丈夫〜、海軍大将の自宅に忍び込むバカはいないよォ〜。特にわっしが居るときは尚更大丈夫だよォ〜」

「私の侵入をあっさり許してるじゃないですか」

ひなの言葉に反論が出来ない。ぐうの音も出ないとは正にこの事だ。怒り心頭なご様子のひなは腕を組み、仁王立ちで心配したんです!!と矢継ぎ早に捲し立てた。

「ごめんごめん。わっし、すぐ用意するからァ…」

まぁまぁとひなを宥めながらベッドから立ち上がりクローゼットを開けようとしたが、テーブルの上に散乱する書類に絶句する。本日提出の書類に全く手をつけていないのだ。後からしようとウォッカのビンを開けたのがそもそもの間違いなのだが、この惨状を目の前の補佐官が見れば、まず間違いなく惨劇が起きる。

「黄猿さん…それ、今日提出の書類ですよね?」

………と思ったが時すでに遅し。甲高い怒号を覚悟したが、向けられたのは心配そうに見つめるひなの視線だった。

「本当に…どうしたんですか?こんな黄猿さん、初めて見ます」

「あ、いや…飲み過ぎただけだから本当に大丈夫だよォ〜。すぐ用意するからァ〜」

そう言ってひなから視線を外すと自分の頬が熱を帯びているのが分かる。眉尻を下げ心配そうに見つめるひなに、良い歳した男がときめいてしまったなど他人には絶対に言えない。女癖の宜しくない青雉にはこの秘めた想いを勘づかれたが、それを認める訳にはいかなかった。

「あー…えっと、センゴクさんからの伝言です」

「ん〜?」

「今日はもう良いから、ゆっくり体を休めろ…と」

ひなはそう言ってバックから休暇許可書を取り出すと、元帥直筆のサインを指差してにこりと笑う。

「ちなみに私もお休みを頂いちゃいました。きっと黄猿さんが体調悪くて寝てるから、看病してやってくれとセンゴクさんから仰せつかってます」

明日が来れば自分の机には二日分の仕事と始末書、そして今日の会議録が散乱しているだろうが、まあこんな日もあって良いだろうとボルサリーノはふっと笑ってベッドに腰掛けた。

「あ、でも大丈夫そうなんで帰りますね」

「オ〜そりゃないでしょうよォ〜」

バックを持って踵を返すひなの細い腕を引っ張ると、ぽふんと小さな体が逞しい胸に収まる。ひなは驚いて立ち上がろうとするも、ボルサリーノの屈強な腕が腰に巻き付いていてビクともしなかった。

「わっしねェ〜病気だから、看病が必要なんだよォ〜」

「なっ、何の病気なんですか!!離して下さいよっ!!もうっ!!」

仕事は普段から真面目にやっておくものだと、今度クザンに言ってやろう。ボルサリーノは微笑んで、観念し大人しくなったひなの髪にキスをした。

「ん〜、恋の病〜」

「そっ、それはどうやって看病すれば良くなるんですか!?」

ひなの肩に頭を乗せると甘い香り。その香りに自分のプライドが溶ける気がする。

「このままひなが一緒にいてくれたら治るよォ〜」

「本当にそれで治るんですか!?」



とろり、

とろり、

そう、そんな擬音がぴったりだ。



「オ〜嘘。余計に悪化するなァ」

「だっ、駄目じゃないですか!!」



予期せぬ休日。



「ひなもわっしに恋患いしてるだろォ〜?」

「しっ、してません!!」

「オ〜図星だねェ〜」





さあ、とりあえず愛しい君をベッドに引きずり込んで、





二度寝といきましょうか。





end

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