本棚A

□愛が降る
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「…レイさん。動きにくいわ」

世界がオレンジ色に染め上げられた黄昏時。ふわふわと浮かぶシャボンはゆっくりと上昇し、軽快な音をたてて弾ける。空を見上げると浮かぶシャボンですら黄昏色に染まり、反射してキラキラと輝いていた。

「そうかい?」

久方ぶりの逢瀬の刻。一年半振りに打たれたノックの先に、変わらぬ笑顔が立っていた。

「えぇ。もうすぐ出来るから、座って待っててくれる?」

鍋の蓋はコトコトと揺れ、食欲をそそる香りが室内に漂っている。腰に回されたレイリーの腕は私を優しく包み、左肩に少しばかりの重みを感じたかと思えば、視界の左側に見慣れた白が写る。肩、首、耳に落とされる優しい口付けは甘くてくすぐったかった。

「んっ…レイさん、もう少しよ。もう少し待って?」

「一年半もひなに会えなくて、淋しかったのだよ」

耳元で囁かれる少し酒焼けした低音は、最後に聞いた時から何も変わっていない。それ所かより一層甘さが増し、離れた距離が一気に縮まった気がした。

「麦わらの彼はもう良いの?」

「あぁ。私がルフィにしてやれる事はもうないからね、あとは彼次第だよ」

私といる時に他の男の話はしないでくれるかい?とレイリーは笑うと、より力が込められる逞しい腕。私がはにかみながらごめんねと言えば、次は許さないよと甘い吐息が耳にかかる。

当然のように近くに居て、手を伸ばせば感じられた温もりとその距離は、弱い私を依存させた。望む時に感じられるそれは、酷く私を陶酔させる。あなたに酔って、愛に酔って。離れた距離と時間が、こんなにも遠くて長いなんて。

「私も淋しかったのよ?淋しくて淋しくて、死んじゃいそうだった」

冷えたシーツを擦っても、そこに貴方はいなくて。過ぎる月日に翻弄され、棚に置いた揃いのマグカップの縁には埃が溜まる。あなたのシャツを抱きしめても、微かに残る愛しい香りが私の瞳を熱くさせた。こんなにも淋しいと言うのに、遠く離れた愛しい貴方の幻影は無慈悲にも私をどんどん惹きつけたのだ。

愛しくて、逃げられない。この愛を無くしたとして、脱け殻の私はどう生き行けばいいの。

「私だけじゃなかったんだね」

レイリーはそう呟き、パスタを茹でる私の首にキスをした。腰に回された腕はいつのまにか腿を撫で、フレアなスカートがたくしあげられる。

「もう、レイさん。パスタがのびちゃうわ」

私は年寄りだからと命の終末を貴方は易々と口にするけれど、もしも貴方が逝ってしまったのなら私はもう生きる意味すら見出だせない。

そんな私を貴方は笑うのでしょうか。

バカな女だと。

またあの優しい笑顔で。

「こんな年寄りが愛しい君に欲情してると言えば…君は笑うかい?ひな」

ふわりと感じる浮遊感に驚いて、咄嗟に目を瞑った。気づけばダイニングテーブルの上。驚く私を見下ろしたレイリーは、上着をパサリと脱ぎ捨てる。

「私も貴方が欲しいと言えば、貴方は笑いますか?レイさん?」

古傷が痛々しい胸板を指先でなぞれば、ふふっと扇情的な笑みを浮かべるレイリーに、私は心底堕ちたみたい。

「淋しい想いをさせて悪かったね」



離さないで、私を。

離さないで、この愛を。



「愛してるよ」



優しく降る甘いキス。



反転した視界は、

愛しい貴方で満たされてた。





end

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