本棚A
□ボクノモノ
1ページ/1ページ
33000hit キリ番リクエスト小説
※学パロ
「あー…もう最悪だわ、ホント」
私はこの不本意な状況に苛立って、ゾロの背中を固く握った拳で打った。
「いてっ!降ろすぞ、テメェ!」
私の方が痛いわ、ボケェ!と言い返そうと思ったが、本当に降ろされては歩くのはおろか立ち上がる事さえも厳しいこの状況に諦め、私は軽くゴメンと謝って口をつぐむ。素直に謝る私に気を良くしたのか、私をおぶったゾロはバーカと悪態をつき、フンッと鼻で笑う。緑色の頭しか見えないが、きっとゾロはニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべているだろう。
「やっぱアンタ、ムカつく」
「あ?何か言ったか?」
「いや?何も?」
今日は麦わら高校、年に一度の体育祭。公舎のてっぺんに設置された時計は、午前11時を指している。9時に開会の花火が上がりやっと回ってきた二人三脚はうちのクラスで初めてのプログラム。恨みっこなしのクジだったとは言え、何であのクジを引いたんだろう。五日前の私は教卓の前で引き当てたクジに大きく項垂れていた。
「大体、何で私のペアがルフィな訳?!ルフィと二人三脚なんて無理なのよ。見てよ、この足!」
ゾロの脇腹辺りから足をつき出せば、赤く腫れた左足首。ズキンズキンと痛み、まるで足首に心臓がついているかの様。
「うわー…さっきよか腫れてねぇか?」
前に進みながら横目で患部をまじまじと見るゾロが憎らしい。大体、クラス一無茶苦茶なルフィのペアに女子を当てる事自体が間違っているのだ。第一走者は私達とナミ、ウソップチーム。ウソップはナミにきつく言われたみたいだけど、ルフィに関しては言うだけ無駄。奴が私の忠告など聞くはずがないのだ。
「痛ぇ?」
「うん、そりゃあ痛いわよ」
フランキー先生の頭上高くで撃たれたピストル音。けたたましい音が耳元で響いたと思えば、私の意思とは関係なく結わえられた左足が前へと進み、驚いた私の体は後ろに仰け反りそして…ああ駄目だ。考えただけで頭の血管が切れそうだ。
「散々だったな、ひな。ルフィと当たった時点で、オメェは保健室行き決定だ」
「……オイ」
プログラムの最後には念願のフォークダンスがあると言うのに、こんな足ではフォークダンスに参加するのはおろか、唯一ナミと一緒に組めるはずだった大玉転がしにすら出場出来ないじゃないか。
私は二年四組。大好きなサンジ先輩は三年四組。一年から三年の同じクラス同士がフォークダンスを回ると聞いて、数ヵ月前から楽しみにしていたのに。割りとベターな種目を取り入れるブルック校長が天使に見えたが、今や悪魔にしか見えない。と言うか、悪魔のほうがらしいかもしれない。見た目からして。
「にしてもゾロが救護係なんて、マジうけるんですけど」
「オイ、降りろ。今すぐ俺の背中から降りろ。重いんだよテメェーは!」
「なっ!全身筋肉ガチガチのアンタに言われたきゃないわ!」
「爪先の反応からして骨折ではないと思うけど、随分腫れてるわね」
黒くてサラサラとした髪を耳に掛け、染み一つない白衣を着たロビン先生は救急箱をパタリと閉めた。
「チョッパー先生に言っておくから、レントゲンを撮ってもらいなさい」
「あの…今からですか?」
救急箱を薬品棚に返していたロビン先生は一瞬だけ怪訝そうな表情を見せたが、直ぐにいつもの優しい笑顔に戻り私が横たわるベッド脇に座った。
「今からじゃ駄目なの?」
「駄目って訳じゃないですけど…」
私は言うなり顔を伏せるとロビン先生は私の髪をすく様に撫で、
「大丈夫よ、私も一緒に行くから。何かあっても困るから…ね?」
と優しく笑う。別に病院に行く事が怖い訳ではない。嘱託医のチョッパー先生は優しいし、痛い事や嫌な事はしない。若い先生だけど有名な女性医学教授の元で育った医者だし、腕は確かだとお母さんも言ってた。でも……
「プログラムナンバー8、クラス対抗リレーに参加する三年生は入場門に集合して下さい」
放送係のビビの声がグラウンドから響く。きっと女の子達はサンジ先輩の姿を見て黄色い歓声を上げてるはず。私の彼氏だと言えない自分が情けない。
「ふふ。ならお昼が終わってからにしましょ?お弁当もここで食べて良いから。チョッパー先生にはお昼過ぎに行くよう伝えておくわ」
ロビン先生は青春ねぇと笑って保健室を後にした。
静まり返る保健室。グラウンドからは相変わらずビビの声や声援がはっきりと聞こえてきて、自分だけが違う世界にいるみたい。お昼はサンジ先輩と一緒に屋上で食べようって約束してたけれど、こんな姿は見せたくない。そもそも私がサンジ先輩と付き合うなんて、身分違いも良いところなのかもしれない。遠くから見つめるだけで良いと思っていた臆病な私を、なぜサンジ先輩が選んでくれたのか些か疑問に思う。
たいして可愛くないし、勉強が出来るわけでもない。調理部の部長を務める彼とは違い、しがない私はチャイムと共にサブバックを肩に掛ける謂わば帰宅部。入学当初はナミと一緒にバレー部へと入部したが僅か半年で音を上げた。ボールがどこかも分からないし、第一あんな固いボールを素手で打ち返すなど怖くて足がすくむ。
「あー…もうっ。最悪だよ、今日は!」
そんな私の独り言は誰に聞かれる訳でもなく、独特の薬品臭を孕んだ静かな空気に消え失せる。患部に宛がわれた氷嚢が、中に入っていた氷を踊らせながら足首からずれ落ちた。昨日の夜、頑張って塗ったペディキュアに布団の跡が付いていて余計に気分が沈む。リレーに参加するサンジ先輩を近くで見たかったのに、今の私は保健室でこの様。不平不満だかりを口にする人は嫌いなタイプだけど、今日くらいは許してほしい。
「サンジ先輩、どこだろ」
上体を起こしてグラウンドの様子を見ようとするも、窓から離れたベッド上でいる為ほとんど見えない。それでも何とか見ようと体を捩らせ両手をついて窓の外に視線を張り付かせても、ちょこちょこと動く人の頭しか見えなかった。
「やっぱ見えない。サンジ先輩…」
「俺ならここにいるけど?」
「え?!わわっ!!」
後ろから掛けられた声に驚いて慌てて振り向こうとすると、左手に置いていた重心がずれ体がよろめいた。咄嗟に手をつこうとするが、少しでも外を見たいが為にベッド枠ギリギリまで詰め寄っていたせいで固い床が視界の中で大きくなる。
「っと!危ねぇ!」
どんどん近くなる床に覚悟を決めて来たる衝撃に歯を食い縛り、両目を固く閉じた。足で踏ん張ろうとも、痛みでピクリとも動かない。このまま頭から落ちればきっと今以上の大惨事…。
「間に合った。ひなちゃん、大丈夫かい?」
ドサリと体の重みが沈んだ感覚はあるのに痛みを全く感じない。それ所か甘い香りが鼻を掠め、しっかりと抱き止められたような安心感が身を包む。
「サ、サンジ先輩?!」
目を開けるとキラキラと日の光を反射させる金髪に、ピクリと動くぐるぐる眉毛。サンジ先輩は冷たい床の上で体制を崩し、両膝の上に落ちた私の体を抱きしめていた。
「ご、ごごごめんなさいっ」
私は慌ててサンジ先輩の胸を押し膝から降りようと体を捩るが、ピタリと密着した体は1ミリたりとも離れない。細くて少しゴツゴツした先輩の左手が私の左肩を支え、少し血管の浮き出た腕が私の腰に絡み付く。私の顔はみるみる内に血が集まって、ただでさえ重たいと思われていないかと不安で恥ずかしいのに、こんなに体が密着してるなんて…。私の心臓はきっとどうにかなってしまう。
「サンジ先輩っ、もう大丈夫ですから!だから…」
あまりの恥ずかしさに耐えきれず、顔を左に背けた。左肩に置かれたサンジ先輩の指が私の頬に触れて、薄くつけたファンデーションが付いたらどうしょうと緊張によって全身が強張る。
「ひなちゃん、こっち向いて?」
「む、向けませんっ!」
「どうしてだい?」
「ち、近い…から…」
サンジ先輩の少し速い鼓動と柔らかな吐息が首筋にかかり、私の心臓はうるさい程に荒ぶって呼吸することすらが困難。こんな近い距離でサンジ先輩の顔なんかを直視したら、私の心臓は荒ぶりを超越して停止ちゃう。
「ひなちゃん?顔、見せてよ」
「む、無理ですっ」
「なら、無理矢理こっちに向かせようか」
意地悪そうにそう言うとサンジ先輩の左手指が私の顎に添えられ、クイッと右側に向けられた。強引なやり方なのに指先で動かされる顎に痛みを全く感じない。痛くないのにジンジンと痺れる感覚は、どこかデタラメで曖昧だ。
「サ…サンジ先輩…」
「サンジって呼んでよ」
無理矢理に向けられた私の視界は、優しく微笑むサンジ先輩を捉えた。優しく微笑んでいるのにどこか悲しげな瞳は、私の思考回路をオーバーヒートさせる。
「あの…どうしたんですか?」
「ひなちゃん。足、痛くねえ?」
「え?あ、はい。痛いですけどもう大丈夫です」
良かったと安堵するサンジ先輩は、私の腰に回した腕に力を込めた。
「マリモヤローにどこ触られた?」
「マリモ?ゾロですか?おんぶしてここまで運んでもらっただけですよ」
「どうして俺に言わねぇの?」
「そ、それは…」
サンジ先輩の真っ直ぐな視線に耐えられず顔を背けようとするも、反らさないでと悲し気な声に慌てて遠慮がちにサンジ先輩を見上げる。
「俺達、付き合ってるよな?」
「は、はい」
「俺は君の彼氏だぜ?なのに何で他の男に触れさせるんだい?どうして俺を頼ってくれねぇの?」
体の奥から絞り出したような苦しい声。悲しそうに下唇を噛むサンジ先輩に今年の救護係がゾロだと説明するが、私の言葉を遮るかのように唇が奪われる。私は言おうとしていた言葉の全てを忘れ、柔らかい感触が残る唇を指で触れた。
「廊下で見かけてもひなはマリモヤローと楽しそうに話しているし、昼飯に誘おうと教室に行けばルフィと弁当の取り合いしてる」
「あの…サンジ先輩?」
「なんでその笑顔の先に居るのが俺じゃねぇの?俺と付き合ってるって、何で言ってくれねぇの?」
いつも優しく微笑んで、何でも良いよと許してくれるサンジ先輩の、初めて見る寂しげな表情。それはどこか幼さを匂わせ、可愛いとさえ感じてしまう。目を伏せるサンジ先輩の首に私は思わず腕を回し、ごめんなさいと呟いた。
「サンジ先輩がヤキモチを妬いてくれるなんて嬉しい」
「いや、ダセぇだろ。男がヤキモチなんて」
バツが悪そうに言うサンジ先輩の顔が見たくて腕を解くが、見ないでと私の後頭部を大きな掌が優しく包む。トクトクと脈打つ鼓動のリズムが二人同時に速くなり、まるで全身が心臓になったかの様。日々思っていた不安が私だけのものじゃないと気付いたお昼前、二人だけ残された保健室は時間の止まった別世界に思えてならない。
「本当はね、ひなが他のヤローと口聞くのだって嫌なんだぜ。俺だけを見て欲しいし、ひなが俺と付き合ってるって他の奴らに言ってくれねぇから俺だって胸張って言えねぇよ」
「私はただ…、私なんかがサンジ先輩と付き合ってるなんておこがましいかなって…」
バカ言うなと耳元で囁く甘い吐息は、私をより一層おこがましい女へと仕立てあげる。でも良いんだ、彼女だもの。キャーキャーうるさい女の子達に、サンジ先輩は私の彼氏だって大声で言ってやる。唯一ナミと一緒に参加出来るはずだった大玉転がしも、楽しみにしていたフォークダンスもこの状態じゃきっと出られないだろうけど、付き合い初めて三ヶ月、埋めたくても埋められなかった溝が一気に埋まった気がした。サンジ先輩は優しく強く私を抱きしめ、好きだよと囁く声がくすぐったい。
「そう言えば…先輩、リレーは?」
「いやそれは「アウ!三年四組のサンジ、あと三分で来ねぇと俺様のスーパーなお仕置きを受ける事になるぜ!」…まあ、こんな感じかな」
午前最後のプログラム、三年生のクラス対抗リレーが、けたたましいピストル音と共に始まる。
「駄目じゃないですか」
開いた窓からそよ風が吹いて、白いレースカーテンに波を呼んでいる。
「今日はもうサボる。ひなとずっとこうしてる」
私を抱きしめていた腕が緩み、そっと胸を押すと目の前には大好きな笑顔。少しほっぺが赤い気がするけど、燦々と照りつける太陽のせいだと思う事にしよう。
私達だけの保健室はまるで別世界。足は痛いわ、競技に出られないわで散々だけど大好きなサンジ先輩をもっと大好きになれるなんて、なんて素敵な日なんだろう。ルフィの奴には言わないけれど。
「ねぇひな?サンジって呼んでよ」
そう言うと、また私達は触れるだけのキスをした。
「大好き、サンジ」
サンジの感触が残る唇はまたジンジンと痺れて、どうやら私は何かの病にかかったようだ。
end
あや様、
そしてここまで読んで下さった方へ
愛を込めて(^з^)/チュッ