本棚A

□例えばそれが
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例えば俺がその細い腕を掴んだとして、

例えば俺がその華奢な体を強く抱きしめたとして、

例えば俺がそのぷっくりとした唇を奪ったとして…









「んー、こんな感じ?」

「うん、上手い上手い」

キッチン内に甘い香りが充満する。少し焦げたフイユタージュに鼻腔を爽やかに彩るレアチーズクリームを挟んだら、パウダーシュガーを振りかけて出来上がり。仕上げにホイップと苺で飾り付け。

「ありがとう、サンジ。なんとか間に合ったよ」

「いえいえ、レディの頼みとあらば」

別段戦闘も無く、クルー達が各々自分の時間を楽しんでいた午後。それは俺とて例外ではなく、前に立ち寄った島でたんまりと買い込んだレシピ本をゆっくりと堪能しようと、灰皿とコーヒーをテーブルに置いた時だった。

「うん、美味しそう。やっぱりサンジに一緒に作って貰ったら上手に出来るね。私、料理はてんで苦手だから」

照れながら笑うひなの頬についたパウダーシュガー。思わず手で払おうとするが、きっとその役目は俺じゃない。

「はい、ハンカチ。砂糖が頬っぺたについてるぜ」

「えっ?や、やだっ」

ひなは慌ててハンカチを受け取って、パウダーシュガーを拭き取った。

ひなに頼まれて開いたお料理教室。このミルフィーユを口にする奴くらい分かってる。当人同士は隠してるつもりだろうが、きっとクルー全員が知って知らないふりをしているのだ。



とんだ茶番だ。



「そんなに食べたいなら言ってくれれば俺、作るよ?」

「え?あ、うん。ありがとう。なんとなく自分で作ってみたかったんだ」

「ナミさんとロビンちゃんで食べるんだろ?飲み物淹れようか?」

「あ、い、いや、大丈夫。ありがとう。欲しいときは言うね。ケーキ、冷蔵庫に入れてもらってて良い?」

「あぁ、いいぜ。ルフィの奴に見つかんねー様に俺がしっかり見張っとくから」

日に日に肥大する醜い自分。彼女の幸せが何よりな事くらい分かってる。しかし彼女の笑顔の先には俺は居ない。俺に向けてくれる笑顔には、仲間以上の気持ちは介在しないのだ。


例えば俺がその細い腕を掴んだとして、

例えば俺がその華奢な体を強く抱きしめたとして、

例えば俺がそのぷっくりとした唇を奪ったとして…


パタリと閉まるキッチンの扉。こもって聞こえる喧噪。

「あ、ゾロー!何してるの?」

「ひなか。コックの野郎が晩飯釣れって煩くてよ」



例えばあの声が俺に投げ掛けられるとして、

例えばあの笑顔が俺に向けられたとして、

例えば…



「ふうーん。で?釣れてるの?」

「……全くだな」



例えば俺がこの想いをぶちまけたとして。



そう、もう遅いんだ。



その全てが、君を傷付ける。



「クソッ」



冷えたコーヒーはとにかく苦く、俺の舌にまとわりついたのだった。







そう、全てはもう遅い。







end

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