本棚A
□レンアイマニュアル
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とかく、今の状況を整理してみる。
「おはよ、ひな」
何故、裸の大将殿が隣にいるのかとか。何故、見慣れない部屋で目覚めたのかとか。何故、大将殿と同じベッドに入っているのかとか。
それらは取り敢えず、まあ取り敢えず置いておくとして。
「おーい、ひな?」
取り敢えず私は、自分が何故裸なのか。それだけを考える事にした。
「おはよう、ござい、ます」
「んあー、おはよ」
異様に気だるい体とズキンズキンと痛む頭。それはまるで頭に心臓があるかのようだった。血液の流れと共に痛みの波がやってくる。その頭痛が嘲笑うかの様に昨夜の途切れた記憶を掘り起こしたのだ。
海軍少佐ひな、とうとうやっちまった。
「あ、あの、失礼ながら青雉大将?」
「ん?なによ」
「ここは何処…「え?俺の家じゃないの」っ!やっぱり!」
数週間振りに頂けた休暇の一日目、取り敢えず今晩は呑むしかないでしょうと意気揚々と酒場に足を運んだ昨夜の記憶。それはやたらと鮮明で。
「昨日はすごかったねー」
「えぇ!?私、至ってノーマルなんですが!?」
「…何言ってんの、泥酔具合の話だけど」
上司は苦笑いを浮かべ、サイドテーブルに置かれた目覚まし時計をちらりと見やると、時刻は午前九時。始業時間はとっくに過ぎている。
「あー、やっちまったなあ、俺。ま、いっか。有給使っちゃお」
上司は非常に面倒くさそうに逞しい体を捻ると、産まれたままの姿でシーツに包まり硬直した私の体を抱き締めた。
「あ、あああ青雉大将っ」
「何?昨日みたいにクザンって呼んでよ」
生娘でもあるまいし、まあ間違いはしょうがない。いやしょうがなくはないのだが、行きずりの恋、なんてのもまあ笑って済む話。しかし、何故にこの方なのか。私自身、海兵と言えどたかが少佐。そしてこの方は天下の大将殿。まともに話しなどした事なんてないし、私なんかが話しするなど烏滸がましい程の方。つまりは雲の上の存在なのだ。なのに何故そんな方がお互い裸で、更には何故私に抱きついていらっしゃるのか。もう完全に脳がショートしている。
「あ、あのっ、私、やっぱり致してしま「致しました」っ!やっぱり!」
待て待て、取り敢えず考えろ。昨夜、珍しく深酒をしてふらふらと酒場を出たまでは覚えている。なかなかに出来上がってさあ二件目にバーにでもとあの角を左に曲がった。そしてバーに入って席に座ってハイボールを一気に呑んで…
「そこから…どうしたの、私…」
一大事!!記憶がない!!もう絶望だ。
「やっぱり記憶ない?じゃ、教えてあげよう、昨日の事。知りたい?」
「ぜ、是非ともお願い致します」
「何を教えようか?体の感想?最高だったな、ほんとに」
「い、いやいや、そうではなくっ」
「あ。大丈夫、ちゃんと避妊はしたから」
大将は赤面する私の顔に優しくキスをした。記憶は飛んでいても何故か懐かしい唇の感触。昨夜の致した行為の証拠のような気がした。
「あの、すみませんでした」
「何で謝んの」
「ご迷惑をお掛けしたみたいで…」
「泥酔した女の子を言葉巧みに連れ込んだ男に、しかも欲に負けて致してしまった男に謝られてもなぁ」
もう謝るのは終わり、と大将が笑うもんだから私の心臓は派手に脈打つ。
「俺はね、ひなの事、知ってたのよ。前から可愛いなーと思ってて」
「かっ!可愛い!?」
異様に気だるい体とズキンズキンと痛む頭。それはまるで頭に心臓があるかのようだった。血液の流れと共に痛みの波がやってくる。
「だからさ、ひな。こんなおじさんで良ければ、俺とレンアイしてみない?」
その頭痛が嘲笑うかの様に昨夜の途切れた記憶を掘り起こしたのだ。
あぁ、駄目だ。二日酔いの頭では、この問題は解決出来そうにない。
私は取り敢えず考えるのを止めた。
end