世界一初恋

□美味しい珈琲を淹れましょう
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(珈琲インストラクター講習会?)

偶々作家との打ち合わせに使ったカフェで、俺はその貼り紙を目にした。
開催日は3日後で、このカフェの地下で実施されるらしい。
いつもなら忙し過ぎてそんな貼り紙は気にも止めないが、先日律が実家から送られてきた珈琲豆を嬉しそうに自慢してきたことを思い出し、興が乗り、気付けば参加希望者の受付を済ませていた。

(ま……たまにはこんな休日もいいか)

静かに秋が迫り来る夕刻、俺は自分の淹れた珈琲を飲む律を想像し、密かに微笑んだ。


**********


「……で、何でこんなところにお前がいるんだ、羽鳥」

「そういう高野さんこそ。貴重な休日をこう言ったことに費やすようには見えませんが」

地下の階段を降り、簡単な受付を済まし教室への扉を開け、俺は驚いた。
意外とこじんまりした教室を見渡すと、全員で4人しかいない講習者の中に羽鳥がいたのだ。
そんな軽口を叩きながら席に着く。
右手には薬缶を設置したワンコンロ、左手にはサーバーやドリッパーなど、珈琲を淹れるための道具が一式あった。目の前にはホッチキス止めされた3枚ほどの資料もある。
俺が最後の参加者のようで、席は羽鳥の隣だった。
他の参加者は、快活そうな初老の男性一人と、大学生らしい小柄な女性が一人。
羽鳥の横には俺と左右反対にキッチンスペースが設けられている。

「お二人はお知り合いですか」と、教師役の男性がにこやかに尋ねた。年は俺たちの一回り上くらいだろうか。臙脂色に白いドットのネクタイがよく似合っている。

「ええ、仕事関係の知り合いなんです。私も彼が今日来ていることは知らなかったので驚いたのですが」

「へえ、それはそれは……では、お二人は珈琲をよく飲まなくてはならないくらい、お忙しいご職業ということでしょうか」

それを聞いて俺は苦笑した。確かに編集部は毎日帰りが遅く、体力的にも精神的にも消耗する職業だ。

「そうと言えるかもしれませんね。でも今回参加したのは自分のためではありませんよ」

「私も、世話をしている友人がよく珈琲を愛飲していることが、参加を決めた理由です」

羽鳥がそう重ね、講師は「なるほど」と頷いた。

「では、時間も良いですし、講習を始めたいと思います。説明は画面の順番に行います」

講師がそう言うと、俺が入ってきた入口とは別の扉が開き、4つの珈琲を持った女性が入室した。
そして、俺たち一人一人に給仕し、去っていった。
彼女が退室した後、彼女が受付をした女性と一緒だと俺は気が付いた。

「珈琲を飲みながらお聞きください。その珈琲はいつも上の店で出しているブレンドと全く同じものですよ」

彼はまるで手品を成功させた手品師のように、誇らしげにそう言った。
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