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□レイニークラウド
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ヒバリもちょうど帰るところだったらしい。果たして何か入れるものがあるのだろうかと疑わせるような薄いカバンを提げ、傘も一緒に持っている。
なのに帰らず、しかも傘をささず。何でこんなところで突っ立っているんだ?


ヒバリは雨空を見上げ――この表現は適切ではないな――目を閉じて、雨を受け止めている。
冷えた頬や、小さな鼻に雨粒は降り注ぎ、でもされるがまま、打たれるまま。ただじっとして、身じろぎもせずに。

そしてオレもまた、見入られたように動くのをやめていた。もうシャツも、靴もビショビショ。だけど、そこから動きたくなかった。この一時が終わるまで、ヒバリのことを見ていたかった。



「――……」


やがてヒバリの水玉を纏った睫毛が軽く震えて、ゆっくりと、薄く瞳が開かれる。
濡れた唇が、糸のような細い、けれどもしっかりした音を奏でた。


「雨は好きだよ」


凜とした声音。いつもの、ヒバリの声。


「全てを洗い流してくれる――」


そこまで言って、オレの方を見た。


「だから、雨が好きだ」


顔に幾筋もの髪が張り付いている。
ヒバリの肌は白くて、大分冷えているようだった。
その中で、熱を失わずに色づき、言葉を紡ぐ唇。

このモノクロの世界の中で、唯一の色のように思えた。


「――あ、えっと」


そんな中、ヒバリに視線を向けられたオレは何てコメントすれば分からなくて。


「……」


冷えた筋肉をぎこちなく動かしてやっと、


「あー…傘、入れてくんね?」


そう言ってヒバリの傘を指差すことしかできなかった。
なんという気の利かない返答。けど、他に何て言っていいか思い付かなかった。

ヒバリはと言えば、手に持っていた黒い傘を見て呟く。


「…今更傘さしたって無駄だと思うけど」


オレたちは全身ずぶ濡れで、他に濡らすとこなんかないってほどだったけど。


「いや、大助かり。道が分かれるところまででいいから!な?」


両手を合わせて懇願すれば、ヒバリは漸く傘を持ち上げて、開いてくれる。バサ、と重たげな音がして、纏わり付いていた水滴が散った。

そのまま、傘を差し出される。いつもの不遜な態度。口をへの字に曲げて。

オレはそれを見て苦笑すると、黙って傘を受け取った。ヒバリと並んで水溜まりに入るのも構わず、歩きだす。

何だか不思議な雨の降る日。
単調な帰り道が、鮮やかなものに映った。




fin.





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