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□夜這い
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下級生の忍たまが、くのたま長屋に来るのはありえない。
けれど、年を重ねると彼らは先生の目を盗んでやってくるようになる。

今でも覚えているのは、くのたま長屋を平然と歩く上級生の忍たまの姿だ。あの時私はまだ11だった。
確かその時、私はすごく驚いたはずだ。
数多くあるトラップに一つもかかることなく、彼は私の目の前まで歩いてきたのだ。くのたましか知らないはずの、トラップの無い道を歩いて。
今思うと、あれは逢い引きの途中だったのだろう。上級生にはよくあることだった。あの忍たまも、暗黙の了解であると勝手に慢心していたのだろう。
でも当時の私にはそれが理解できなかった。不意打ちの忍たまの登場に、ひどく動揺してしまった。そしてその結果、私は山本シナ先生に侵入者を知らせてしまったのだ。

「ひどいことをする」

文次郎の相槌が入った。
てっきり帳簿に夢中で、私の話など聞いていないものだと思っていたので驚いた。
そして少し嬉しい。どんなものであろうと、文次郎が会計の仕事中に発した言葉は貴重だ。

「話、聞いてたんだ」
「いつも聞いてるさ」
「嘘。いつも聞いてて無視してたの?」
「無視じゃない。お前が喋り続けてるんだろうが」

そう言われてしまうと二の句がつげない。確かに私はお喋りだ。
でも、私の部屋でまで帳簿とにらめっこするアナタが悪いのよ、とも思う。

「で、そいつはどうなったんだ」
「どいつ」
「その上級生」
「ああ、何があったかはよく知らないけどね。後日すんごく睨まれた」
「そら睨むな」
「文次郎は睨んじゃだめよ。下級生が怯えるから」
「まずそんなヘマはせん」

どうだか、と思う。初めて私の部屋に来ることになった時、見事にトラップに引っかかって全身水浸しだったのはどこのどいつだっけ。

「あの上級生にも悪かったとは思うけどさ」
「ん?」
「あの人を待ってたくのたまの先輩にも悪かったなあと思うのよ」

まだ帳簿に色々と書き込んでいる文次郎の背中に、自分のをソッと預けた。
文次郎の背中がびくっと震える。私はこの人の、こういうところが可愛いと思う。

「おい、書きにくい」
「待ってるのに来ないのって、とても恐ろしいのよ?」

文次郎が水浸しで来た日、文次郎だって緊張していたのだろうが、私は不安で仕方なかった。来ないんじゃないかと不安だった。あの夜は、なんと恐ろしかったことだろう。

「…」
「だから、遅刻禁止ね」
「したことねぇだろ」
「本当は、毎日来て欲しいんだよ」

私が呼ばないと、来ないんだから。
それも本当は、すごく不安。

「…いいのか」
「いいに決まってんじゃない」

それでなくてもこの人は、私に手を出すことは滅多にない。
大切にされてるんだ。わかってる。
でも、やっぱり不安。不満。触れたい。触れて欲しい。

「…あのなあ」

文次郎が筆を置いた。
背中が離れて、コッチを向いたのが気配で分かる。

「…泣くなよ」
「泣いとらんわ」

ここで鼻をすするのは負けだと思ったけど、危うくしんべえになりそうだったので仕方なかった。ズズッ。

「ばかたれ。何を泣くことがある」
「…最近、文次郎が足りない」

私の肩に触れようとしていた手が、止まった。ような気がする。
文次郎の行動なんて、手に取るように分かるんだから。参っちゃう。奥手なのもたいがいにせえよ。

「お、俺だってなあ!足りとらん!」
「ふぇ」

あ?うわ、うわあ。
不意に、私の体が後ろに引かれた。そして温かい物に包まれる。ただ後ろから抱きしめられてるだけなのに、すごくドキドキする。耳が、声にムズムズする。ああ、声が出せない。

「おい。毎日来ていいんだろうな」

耳元で言われた言葉は、首筋を通って胸に落ちたあと、ひと暴れしてから脳みそにたどり着いた。
ちょっと、待って、今、なんて?

「…忘れてるかもしれんが、お前が最初に言ったんだからな。」
「え?」
「初めてだから、大切にしてくれと、お前が言ったんだからな!」

ギュッ、ギュッと抱きしめる力がさらに強くなる。
初めてだから、大切…?って、え、それ、いつの話。

「だがもう知らん。」
「え、と…それは、もう大切にしない、と?」

はあ、と文次郎はため息をついた。
ぞくっと、背筋が震える。ああ、ああ、お願いだから、そこに息をかけるのをやめてほしい。お腹がムズムズする。

「大切にはする。だが遠慮はせん」
「もんじ…」

文次郎、言い終える前に、言葉は全てこの人に飲み込まれてしまった。上半身はぐるりと回され、文次郎が覆い被さるように口付けをする。

「ん」

口付けなど、初めてではないのに。胸が苦しい。苦しいのだと伝えるために、文次郎の前掛けを握る。

「ん…はぁ」
「…煽りやがって」

唇が触れる位置で文次郎が喋る。
煽ってなんかない、だけどもっと欲しいのも事実だ。

「覚悟しとけよ」

その言葉で、私は目を閉じた。文次郎が私の肩を軽く押し、そのまま倒れる。
ああ、生娘ではないけれど、この胸の高鳴り様はなんと初々しいことだろう。





夜這い
20100320

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