とうらぶ

□次郎太刀
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縁側で月を眺めていると「隣いいかい?」と声をかけてきたのは次郎太刀だった。寝巻き姿は普段より露出が少ないというのに、髪を下ろした次郎太刀の姿は妙に色気がある。しかし、手には酒瓶とお猪口を持っていて、その姿はまるで酔いどれ。ぶれないなぁと審神者は少し笑った。
「いいですよ。月見酒ですか?」
「ん、まあね。せっかく美味しいお酒をもらったんだもの、大事に飲もうかと思って」
酒瓶のラベルをよく見れば、誉を取ったお祝いに、と審神者がプレゼントしたものだった。飲めないながらも、価格や評価を参考に、一生懸命選んだものだ。それを大切にしてもらえたことに、頬が自然と緩んだ。
「気に入ってもらえたんですね!よかった…頑張って探した甲斐がありました」
「うん、特にね、アンタからもらったってだけで、特別美味しく感じるもんだよ」
そう言って、次郎太刀はお猪口に注いだ酒を、一気に飲み干す。
「…くはっ!たまらん!」
「ふふ、たまらんですか?」
「隣にアンタがいるからかな、余計に美味しく感じるのよねぇ」
2杯目を飲みながらサラリと言ってのけた言葉に、少し胸が跳ねた。
「そうですか…あ、お酌しますよ」
「あらそう?じゃ、お願いしよっかな」
注いだ酒は、またあっという間に次郎太刀の中に消えていった。慌てて次を注ぐと、それもまた消えていく。大事に飲むと聞いた気がしたのは気のせいだったか。
それにしても、美味しそうに飲むなぁと、審神者は手元の酒瓶をじっと見つめた。なんだか、飲んでみたい。
「ねえ次郎さん、ひとくち」
「あ、だーめ!アンタの時代じゃ、まだ飲めない年だろ?」
まだ言い終わってないのに、ということよりも、言われた言葉にムッとする。いや、ムッとするのはお門違いだが、でも、と審神者の眉間に皺がよった。
「ほら、付き合ってもらっといてなんだけど、アンタももう寝なきゃ。アタシは明日お休みもらってるけど、アンタはまた早起きするんだろ?」
そっと審神者から酒瓶を取り上げた次郎太刀は、自分でお猪口に注ぎ、にこりと笑った。
「おやすみ、可愛いあるじ。よい夢を」
そんな風に可愛いと言われても、ちっとも嬉しくない。なんだか子ども扱いを受けたことに、少しガッカリしている自分がいる。審神者は少し逡巡した後、次郎太刀のお猪口を取り上げてグイと飲み干した。
「あ!アタシの酒!じゃ、なくて…アンタそんな飲み方!」
飲み干した瞬間、喉がカッと焼けるようで思わず咳き込んだ。審神者のその背中を、次郎太刀の大きな手が優しくさする。
「これ度数高いんだから…慣れてないときついわよ」
「ケホッ、ケホッ…で、でも」
口の中に残る後味、飲む前にかすかに香った爽やかさは「嫌いじゃない…むしろ、もっと飲んでみたいかも…です」
目の奥がフワッと熱くなったけれど、その感覚もすぐに消えた。そうか、お酒を飲むとこんな感じになるのか。
「アンタねぇ…」
「あ、次郎さん、私ね、実はもう成人したんです、ついさっき」
「え?」
「今日、私の誕生日。だから、ね!お酒、飲んでもいいんです」
日付けが変わってから、そろそろ1時間くらい経つだろうか。まだまだ実感など沸いていないが、これで飲めない理由はなくなった。
「ちょっと、本気?」
「はい」
刀剣男子達に、自分の誕生日を告げたことなどなかった。だから、次郎太刀がそのことを知ってなくても当たり前なのに、今日で成人だと知ってもらえてないことが、さっきは少し寂しかった。
「あ、アンタそういうことはもっと前に教えておきなさい!!もしかして誰も知らないの?やだ、もう、誰も聞かなかったの?加州とか長谷部は何やってんだ!!」
怒ったようにまくし立てる次郎太刀に、審神者はぽかんと口をあけた。まさか、自分の誕生日のことでそんな反応を返されるとは思ってもなかった。
「え、ごめんなさい?」
思わず謝ると、次郎太刀は大きく息を吐いて、ふっと笑った。
「違うわね。ごめん、間違った」
「え?」
「おかげで、私が一番にアンタの誕生日を祝える、ってこと、感謝しなきゃ」
そう言うと次郎太刀は、審神者の前髪に触れ、おでこにチュッと唇をおとした。

「お誕生日、おめでとう」

耳元で囁かれた声ははいつもより低く、次郎太刀の吐息が耳にかかる。なんだか、いつもより、距離が、近い!
「じ、次郎…」
審神者の口はパクパクと開いても言葉は続かなかった。心臓だけがドキドキと音を立てる。顔が熱い。おでこを押さえればいいのか、それとも耳か、迷った末審神者の手は胸の前で止まった。
審神者が何も言えないでいると、次郎太刀はサッと立ち上がり、綺麗に笑った。月夜に照らされた次郎太刀が綺麗で、目が離せない。
「ふふ…顔が赤いわよ」
「し、知ってます」
「明日はみんなで祝ってあげるから、楽しみにしてなさい。だから、今日はおやすみ」
「お、おや、おやすみ、なさい」
「…」
「…」
「…」
そのまま立ち去るかと思ったが、次郎太刀はしゃがみこんでしまった。持っていた酒瓶がゴトリと音を立てて床に置かれる。
「ちょっと…そんな見つめるもんじゃないわよ」
「あ、ごめ…」
サラリと流れた次郎太刀の黒髪から、真っ赤な耳が覗く。
「…真っ赤ですよ」
「知ってるわよ」
珍しい…これは思わぬ誕生日プレゼントだと、目の前で小さくなる次郎太刀を思う存分見つめた審神者だった。

翌日、次郎太刀主催の盛大な誕生会が開かれたのはまた別のお話。

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