サン=サーラ... U

□第十章 時間樹エト・カ・リファ
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 飾られた教室から外に出た、長身金髪の青年。髪を撫で付けて溜息を落としながら……アキは看板を立て付けた。
 そこに書いてある文字は日本語で『喫茶・悠久』。学園祭の出し物の一ツで、軽食なんかを出したりするらしい。

「施錠完了、と……」

 鍵を締めて設営を終えた教室を後に廊下を歩く。少し前までの学園は比にもならない活気、ちらほら擦れ違う学生の姿が在る。
 その全員が、男子も女子も自分の服装を入念にチェックしている。

「よ、巽。今上がりか?」
「ああ、終わったよ」
「お疲れ、あんたが終わったなら準備完了よ。遣れば出来るものね、半日で終わっちゃった」

 と、信助と美里が隣に並ぶ。若干笑いを堪えた感じで。そんな二人に黒無地のTシャツの彼はジト目を向けた。

「そりゃあ、一人で七箇所も押し付けられなきゃもっと早く済んでたけどな」
「そこはアレだろ、神剣士補正で常人の何倍か頑張ってくれよ」
「そうそう、前にも増して筋肉質になってるんだしさ。オーガ入居予定でしょ、その背中」
「差別だ、差別。訴えて勝つぞ。後、そんな輩は断固住まわせん」

 そんな軽口を交わし、辿り着いた自室。二人に断りを入れて身嗜みを整える。

――本日の夕食はなんと、晩餐会形式。明日の学園祭に向けて食堂も会場設営された為と理想幹攻略戦の勝利も祝した前夜祭として、ザルツヴァイでも最高級の三ツ星ホテルを屋上からエントランス、果ては浮島までトトカ一族の名義で貸し切ったらしい。
 ッたく、金持ちが本気を出すと恐えェなァ……。

 窓の外は暮色、夜の帳が静かに学舎を包もうとしている。遠くを見遣れば、雲の地平線に沈む太陽の残照が赤から紫、青から紺へとグラデーションを彩っている。
 丁度、昼と夜の狭間。そのどちらでも無い、此岸と彼岸の触れ合う逢魔刻の青黒い風。

――後、一日か。この平穏も……。

 何故だろうか。その美しさに、この|昊《そら》の向こうの分枝世界間……以前ユーフォリアから聞いた、その更に彼方に在る永遠者達の跳梁跋扈するという外部の宇宙を幻視し――いずれ漕ぎ出す、その果て無き|宇宙《うみ》の敵意に満ち溢れた波濤と、虚空より己を観測する三ツ目の眼差しを感じた気がして……ゾクリと身を震わせた。

「……ふぅ、何をナーバスになってんだか」

 感傷的になる頭を振って学園指定の青い制服をしっかりと着込み、無精髭が伸びたりしていないかを確かめて。

 物思いに耽りそうになる頭を再度振って、御守りと鳳凰の尾羽の根付を首飾りとして掛けて昇降口に向かう。

「ところでさ、巽。ほんとに制服で良いと思う? お葬式なら聞いた事有るけど……」
「さぁな、俺だって高級店なんて入った事ねェからな……探り探りで行くしか」
「ナーヤちゃんが良いって言ってたんだから良いんじゃねぇの?」

 丁度階段の踊り場に差し掛かった時、美里が姿見鏡で服装を改めて不安そうに口を開いた。
 とは言え答える二人も似たようなもの、歯切れは悪い。

 と、昇降口に三人分の小柄な影。空色の蒼い髪のユーフォリアに、海色の滄い髪のアイオネアと――夜色の|黎《くろ》い髪のイルカナの姿。

「おおー、物部学園四大妹キャラの三人が纏めて!」
「『四大』って何よ?」
「ナーヤちゃんを入れて四大だろ? 常識だぜ……」
「んな常識、知りたくねーわ」

 |一部生徒《もりしんすけ》を筆頭にカルト的な人気を誇る、ちみっ娘三人組だ。

「あ、お兄ちゃんだ」
「兄さま……」
「あら、兄上さま。寄寓ですね」
「ああ、お前らか……別に目的地は同じなんだから、寄寓って訳でも無いだろ」
「そんな事は在りませんわ、兄上さま。物事に絶対は有り得ませんから……」

 何と無く並び立つ。背の低い少女達と並べば、彼だけが胸より上の飛び出した状態となった。
 と、自然に右隣へポジショニングしたユーフォリアが袖をクイクイと引いた。

「えへへ……学園祭なんて初めてだから、とっても楽しみ。お兄ちゃんの準備は終わった?」
「前夜祭なのに終わってないのはマズいだろ? そういや、そっちの仕立てはもう済んでるのか?」
「バッチリだよね、アイちゃん、ルカちゃん。タリアさんとナーヤさんのも仕上がったし」

 随分興奮してテンションを上げており、溌剌とした向日葵のように顔を上げて歩く。
 まるで遠足前の子供のようだと、微笑ましい気分になった。

「うん……少し、その……恥ずかしい服だけど……」

 それに答えたアイオネアも、普段よりは浮かれているようだ。自然と彼の左隣に並んでいつものように腕を取って抱き締め、恥じらう白百合のように俯き加減で歩いている。
 一連の様子を全て後ろから眺めていたイルカナは、人差し指を唇に当てて面白そうに呟く。

「……まぁ、兄上さまったら両手に華ですね。入る隙が在りません、私だけあぶれてしまいました」

 それが聞こえていた華の二人は、暫し顔を見詰め合い……ポンッと、言う音が聞こえそうな程に揃って顔を赤くした。

「なな、何言ってるのルカちゃん、そんなのじゃないよっ! 大体、お兄ちゃんなんて意地悪なだけだし、トーヘンボクさんだしっ!」
「はぅぅ……」

 ただし、その対応は全く正反対だ。気まぐれな仔猫のように慌てて、パッと跳び退いて一定の距離を取ったユーフォリアとは対照的に、アイオネアは健気な仔犬のようにより強く、ギュッと彼の左腕に抱き着いて顔を隠す。

「あら、では兄上さまの右腕は私のポールポジションにしてしまいますね」
「お、おいっ!?」

 そして、空いたアキの右腕へとユーフォリアの代わりにイルカナが抱き着いた。
 悪戯っぽく無邪気な雛菊の花が、くりくりとした黒い瞳を輝かせた仔狐のように。

「「ええっ!?!」」

 面食らったのは|本人《アキ》よりも寧ろ、ユーフォリアとアイオネアの方だった。

「どど、どうしてそうなるの〜っ! だってあの、ルカちゃんは望さんが好きなんでしょっ!?」
「〜〜〜〜………(こくこくこくこくっ)!!?」

 それにパタパタと頭の羽根をパタつかせて抗議するユーフォリアに、赤べこみたいに未だかつて無い勢いで首肯したアイオネア。
 結構大きい声だった為に、周りの学生達が何事かと注目し始めた。そして次第に、物凄ーく居心地が悪くなってくる。

「うふふっ、何を言うかと思えば。この程度の触れ合いなら、昨今の妹キャラには当然。お姉ちゃんが妙な雰囲気の部室から見付けた『どーじんし』には、そう書いてあったもの」
「「『どーじんし』?」」
「コラッ! ンないかがわしいモノ参考にすんなッ! てか離せ、お前の知識は穿ってる!」

 だが、イルカナはどこ吹く風で反論してのける。周囲からの零下の視線に腕を振り解こうと試すが、しっかりと掴まれていて小柄な彼女を片腕で持ち上げる具合になっただけ。
 ぶら下がるようなその姿勢、二人より少し高くなった目線から――

「第一、ユーちゃんにはとやかく言う権利は無いでしょ? 永遠神剣として契約してるアイちゃんならともかく、ユーちゃんは兄上さまのなんでもないんだから」
「うぅっ……そ、それはそうだけど……アイちゃ〜ん!」
「それにアイちゃんも、永遠神剣は一人一本とは限らないんだから……それに『一位の私はもっと凄い未来を斬り拓ける』のよね。ほら、文句なんて言えないでしょ?」
「ふぇ……あぅ……ユーちゃ〜ん……」

 道理を説かれ、或いは言質を取られて。ぐうの音も出せずに二人は互いの名前を呼び合う。
 対して、したり顔のイルカナは……唐突に破顔する。

「ぷっ……あははは、冗談よ。もう、二人してからかい甲斐の塊なんだから……」
「あう〜……」
「むぅ、ルカちゃんのいじめっ子〜っ!」

 パッと、絡めていた腕を解いて。代わりにアイオネアの腕を取って数歩前に出たイルカナ。
 手を引かれて転びそうになりつつ、何とかついて行こうとしているアイオネア。それをユーフォリアが追い掛けて走り去っていく。

「……いやぁー、少し見ない間に随分と|人物《キャラ》が変わったよなぁ、巽君? 何、遅れてきたモテ期かチクショー」
「世刻と違って、全員ちびっこなところが泣かせるけどね……今から六法全書を読んでおいた方がいいわよ、巽」
「……お前ら、気が済んだら早く足を退けてくれる? 俺、まだ上履きだから小指取れそうなんだけど」

 そして当事者なのに蚊帳の外な、周囲からの凍えた視線を浴びつつ制靴履きの信助と美里にぐりぐりと足を踏まれているアキが居たのだった。


………………
…………
……


「……つーか、俺が責められるのはおかしくね? どう考えても被害者だろ、俺。アタリ屋に当たられた具合の」
「いぃーや、お前は甘んじてこのくらいのやっかみを受けるべきだね。組合に属する男子から」
「何の組合なのかはツッコまねーからな」

 そうして、辿り着いたホテルのエントランス。因みに、会場設営で出遅れた学生も加えた十五人程の中規模な集団と化している。
 それがゲート付近で、ヒソヒソ話をしながらたむろしていた。

「な、なぁ……本当にあそこで良いのか?」
「た、多分……フィロメーラさんが届けてくれた地図だと、此処よ」

 しかし――実に入りづらい雰囲気だ。何せ、警護の為か扉の前にはSWAT、或いはグリーンベレーかスペツナズ的な……屈強で統率の取れた最新鋭装備に身を包む警備員が、見えるだけで八人立っている。

「生徒会長達は一足先に行っちまったし……とにかくここは神剣士の巽に任せるぜ」
「そ、そうね……お願い!」
「都合良い奴らだね……ハイハイ、行きゃあ良いんだろ、行きゃあ」

 美里の手から招待状を受け取り、それをヒラヒラさせながら淀みの無い足取りを見せる。幾度も人間のままで死線を潜り続けた彼に、武装した兵士程度では畏怖すらも感じられない。
 それに、仔鴨のように後ろを歩く学生達が尊敬の眼差しを見せた。リボンの色から察するに、同級生の女子学生達がヒソヒソと。

「なんだか今の巽くん、少しだけ格好良いわ……ロリコンだけど」
「そうね、こういう時には頼りになるわ……ロリコンだけど」
「もう泣いていいかな……」

 障子紙よりも遥かに薄っぺらい尊敬だったが。

 招待状を渡すと、中身を確認した警備員が敬礼と共に道を開ける。それに安堵したらしく、学生達ははしゃぎながら自動扉をくぐっていった。

 それを見送ったアキは、一番先頭に居たにも関わらず一番最後に扉をくぐろうとして……ふと、背後を見遣った。

「…………?」

 自分が使わなかった転送装置の脇、夜気に包まれた空と同じ色の闇。そこを暫く眺めて。

「巽、何やってんだよー! 置いてくぞー!」

 中から信助に呼ばれ、首を傾げて扉をくぐった。

「……ふふ、うふふふふ……やっぱり我慢した甲斐が合ったわ……」

 夜闇に沈む浮島の、清涼な空気を震わせる風が吹く。毒々しい、青黒い風だ。

「だって――あんなに美味しそうになって、帰ってきてくれたんだもの」

 その陰りから、闇よりもなお深い深紅の|奈落《ひとみ》が覗いていた事を見落として……。


………………
…………
……


 貴族の舞踏会に使われるような、一階分丸ごとぶち抜いた大ホール。大理石造りのような豪奢な内装の中二階まで在るその会場では、多様な料理が並べられビュッフェ形式の食事会が催されている。
 そしてクラシックな弦楽器でこれまたクラシックな音楽を奏でる、燕尾服のクラシカルなおじ様方が居たりした。

――前夜祭としてこれ以上無い……てか、学園祭より金掛かってね? とか思ったのは内緒だ。

 そのホールで巻き起こるの喧騒……ソルラスカがいきなり腕相撲大会を始め、それに応じたルプトナと良い勝負を繰り広げたり。その後、両方ともがカティマ一人に瞬殺されたり。
 一体いつの間にかは知らないが、『|学園のマドンナ《斑鳩 沙月》』と比肩する程の人気を獲得していた『|学園のアイドル《ナルカナ》』が総選挙を開催したりという騒ぎに捕まらないように慎重に抜け出し……本当は立入禁止らしいのだが、雲海に浮かぶザルツヴァイの夜景を一望出来る屋上に陣取る。

「こりゃあ、絶景だな……」

 夜空にも浮島にも、色とりどりに煌めく星々。違いと言えば、眼下には満月が無い事くらいか。
 景色を眺めながら建物の外側に足を投げ出すように腰掛ける。指を鳴らして、虚空に刻み付けた波紋で繋いだ真世界から貯蔵酒を取り出した。
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