プリムラ

□25.孤独の将
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ツカサとヤマトが出会ったのは、彼が5歳の頃。
明星の子供がヤマトの忠実なる使用人になると言われて。
彼女は自らの両親に連れられて、感情を閉ざした瞳でこう言った。



「わたしはヤマトさまのたてになり、ヤマトさまのけんになり、ヤマトさまのためにしにます」



ツカサは幼いながらも優秀な使用人だった。
ただヤマトに付き従い、仕事を淡々とこなし、何もものを言わなかった。
それに関してヤマトは何も言わなかった。もともとそういう性格なのだろうと思っていた。

ある日のこと。
夜、ヤマトが目を覚ますと書斎から小さく音がしていた。

「だれだ」

ヤマトが開けると、そこにはこっそり本を読んでいたツカサがいた。
彼女はとても驚いたようで咄嗟に本で顔を隠した。

「…ツカサ?」
「………。」

彼女はいつもの感情の感情を閉ざした瞳ではなく、おろおろした目でヤマトをこっそり見ている。

「何をしている」
「本をよんでいました」
「…何故だ」
「…きんしされていたから」

ヤマトが目を見開く。

「両親に言われたんです。あまりものごとをしると、主のいけんにはんぱつするかもしれないから、って」
「………。」
「でも私はしりたいんです。いろんなこと。だからよんでました。…もうしわけございません」

目を伏せて声を震わせる彼女を見てヤマトは少し考えて、言った。

「どこまで読んでいた」
「…この棚の、上半分」

ヤマトは思わず目を見開く。
同じ年頃の子供が読めるような量ではない。
ふと、彼にとある考えが浮かんだ。

「教育を受けたいか」
「…え」
「お前にやる気があるのなら、お前に教育を施してやろう」
「…ありがとうございます!」

その時見た笑顔は、とても輝いていた。



そしてツカサはヤマトと同じ高度な教育を受けるようになった。
その件に関して難色を示す者がいたが、ヤマトが直属の使用人には最高の教育をしたいというと全員黙った。
ツカサはみるみるうちに吸収して、ヤマトと同じくらいの能力を発揮した。
もともとの知識欲が旺盛だったせいか、なんでも読んでは吸収した。
彼女は実は感情豊かな人間だった。
よく笑い、物語を読んでは泣いたり怒ったりした。
ヤマトに仕える手前感情を閉ざしていたと彼は知った。

そのうち悪魔召喚を試みると、ヤマトの陰に隠れる形ではあるが、やはり優秀な成績を収めた。

「ヤマト様、私の悪魔のバイブ・カハです」
「そうか」

カラスと戯れるツカサを見て彼は実感する。
自分が権力者に潰された強者なら、彼女は峰津院が摘もうとした強者の芽なのだと。
自分が彼女の才能に気付かなければ、彼女は一生埋もれていたのだと。

…だから自分が守らなければいけないのだと。
他の誰かに利用されて、その才能が潰されないように。
いずれ来たる日に、傍にいて仕事をこなしてもらうために。
それが彼に芽生えた愛の概念ということは、彼自身にも分からなかった。

ヤマトが実力主義を貫いても、ツカサは優秀であり続けた。
ゆえに彼はずっと彼女を傍に置いた。
そして彼は彼女に誰よりも心を許していた。
いつしか彼は彼女に安らぎを感じていた。




…それなのに、彼女は彼を裏切った。





「…」

大阪本局でヤマトは独り、目を閉じる。
既にマコトもフミもケイタも、他の局員もいない。
それは別に彼にとってはどうでもよかった。たとえ駒が無くなり一人になっても、彼は自分の主義のために戦うつもりだったから。

…ダイチさえいなければ、ウサミミは情にほだされずにこちらへついたかもしれないし、ツカサは自分を裏切らなかったかもしれない。
たらればを考えるのはいまさらではあるものの、同じ光景を見るべき人間が、ただの冴えない一般人のせいでここにいないことを、ヤマトは腹立たしく思っていた。

「奴が、いなければ」

そして彼は立ち上がる。

「…まあいい、奴らを殺せばあいつらも目を覚ますだろう」

孤独な将は歩き出す。



「ウサミミ、お前は私と歩むべきなのだ。…ツカサ、お前は最初から私の駒だ。所有物だ。…裏切ることは許さん」



心に愛憎を留めて、彼は独り通天閣へと向かう。
そこでダイチたちを潰すために。
そして彼らを殺してツカサとウサミミの目を覚まさせるために。
…自らの野望を叶えるために。

「真の強者とは何か…それを叩き込まねばならんな」

くっくっと笑うヤマトの声を聞く者は誰もいない。




―2013.6.15
 

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