王子様のプロポーズ

□ゼン#2
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夏の夕方。

まだ暑い。

ゼンさんは城の離れに小さな別邸があり、そこに住んでいる。

私は1人で訪れた。

下草がやわらかい、少しだけ木陰が多い、花より樹木の多い裏庭にある小さく、かわいい家。

「ゼンさん」

彼は窓の外を見ていた。

私は玄関ではなく、窓の近くに立った。

彼を尋ねるといつも彼は窓の近くで待っていてくれるから。

彼は微笑み、観音開きの窓を開けた。

「優衣さん」

「きゃ」

いかも容易く抱き上げられる。

そのまま家の中に入れてしまう。
ゼンさんは私を抱きすくめたままだ。

お姫様抱っこではなく、縦に抱いている。

吹き抜けのあるリビングで抱き上げられているから天井は高い。
しかし明るく、そして外からは見えやすい。

「恥ずかしい?」

ゼンさんは私を抱き上げたまま囁いた。

私はこくこくと頷く。

ゼンさんは微笑み、漆黒の豊かな髪をかすかに揺らした。
美しい艶がある髪は乱れなどしない。
翡翠色の深く澄んだ瞳が私を映している。

やや意地悪く甘い声で彼はゆっくりと囁く。

「誰も見てはいないのに?」

あの美しい瞳が私を覗き込む。

「でもダメ…」

小さく呟くと、ゼンさんは私を抱き上げたまま、額と額をコツンとした。

「明るいのは嫌いでしたね」

優しく笑む。

「広いところも苦手でしたね」

抱き上げたままのゼンさんの肩に両手をのせ、私は小さく頷く。

「恥ずかしがり屋でしたね」

丁寧な発音と美しい声が逐一暴いている私のことが、何故か愛おしい。

私は彼をそのまま見つめる。

「穴が開きます」

囁く声が静かに濡れていて艶めいている。
私も囁き返す。

「ずっと見つめていたいの」

本当は話などしたくない。
時が立つのも、いいえ、呼吸も忘れ、吸い込まれるままに私は彼を見つめていたいのだ。

彼も私を見つめ続け、明るかった夏の夕方が静かにオレンジ色になり、紺色のとばりが、銀の星を煌めかせている。

どれだけ会いたかっただろう…
こうして抱き寄せられているだけで、
見つめ合うだけで満たされいく。
それなのに
満たされた端から飢えていくのか、目がそらせない。

彼は長く長く私を見つめ
互いにまばたきもしない。

やがて彼は私をおろし
それでも私は爪先立ち、腕を伸ばす。

蔦のように絡み合う腕
そして絡み合う指先に力がこもり、
睦みあう水鳥のように静かに唇を重ね合う。

わずかにずらし、会いたかった…と告げたいのに、そんなこともできず、静寂が深まるように私は口づけに溺れるのだった。

やがて力尽き、彼の腰に沈みそうな私の躰。
それを抱き上げ、彼は微笑む。

「こんなところで?」

意地の悪い声が舌を転がすように甘く私を責める。

「こんなところじゃ、お嫌でしょう、優衣さん」

あの翡翠の瞳がわずかに弧を描く。
漆黒の髪、象牙のようになめらかで白い肌。

美しさでたくさんの貴婦人に垂涎と溜め息とたくさんの想像を溢れさせた、鉄壁の執事…

こんな時まで丁寧で隙がない彼が悲しい。
でも、これですら彼の精一杯の乱れなのかもしれない。
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