愛らぶ男主

□その世界には何も#1
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教会の鐘が鳴る。

向こうは紺碧の空、それを溶かす海。
白い石段がひたすら続く道で俺は立ち止まり、景色を見た。


一人旅になってしまったのは、両親の散骨の為だった。

幼い頃から父は世界的規模で転勤を繰り返していた。

母は父について行く人生を選び、結果として中学まで俺も海外を転々とした。

根無し草のような生活を経て、祖父母が年老いたのを期に、俺だけが日本に戻された。

高校進学
大学
就職

父方の祖父が亡くなり、祖母が記憶を無くし、介護の末、福祉施設に入所した。


その頃、両親が亡くなった。

彼等のかつてからの希望で船に乗り、海へ散骨をした。

「…」

(これで俺が戻る場所は本当にないような気がするな)

生活の糧を得るための労働も、学校の延長線にあったかのように馴染み、何の痛痒もない。

短い有給を使い、両親が愛した島に来た。
俺は船をチャーターし、父母を散骨し、そして白い石畳を1人歩いている。

「…」

美しい島…

人気のない岬から、徐々に観光地らしい、商店街やテントが見えてきた。

そして更に高級装飾品を扱う店舗が連なっている道に出る。

「…」

この島は中世時代に侵略が繰り返された歴史を持っている。

そういった地域では宝石の加工技術が発達する。

土地や家に金をかけるのではなく、持ち運べる貴金属に財を変えるからだ。

この島も美しい装飾品を扱うことで有名だった。

俺はある指輪に視線を吸い寄せられた。

華奢なプラチナが絡んでいるリングに散りばめられた小さなダイヤモンド。
きらきらとさざ波のように煌めく土台の上に小花がデザインされている。

『それはアリッサムさ』

高級貴金属を扱う店だと言うのに店主は親しげに話しかけてきた。

『“スイートアリッサム”…春の訪れという意味の花だよ』

『“春の訪れ”?』

『そう。スイートアリッサムは、春の訪れを告げる妖精の化身だ。
その指輪は春を伝えるんだ』

『春…』

俺はリングを見つめた。

俺の指には少し小さい。
それに女物だ。

『愛するひとに贈ったらいい』

店主が言ったので俺は苦笑した。

『そんなひとはいないな』
『いつまでも春が来ないとは限らないさ』

店主が厳かに告げる。

『あなたにも春の妖精がいずれ現れるだろう』

『…』

俺は指輪を買った。

そして日本に帰国した。
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