君といた軌跡T

□episode 8
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今日の天候は冬、時々───春。
リヴァースマウンテンの麓、双子岬を出た船は、一路"ウイスキーピーク"という島を目指していた。

「一体なんなの、この雪は…」

キッチンの窓から、降りしきる白い結晶を眺めながらナミが呟く。
吐く息は白く…両手を口元に当てると、指先はしびれるような冷たさだった。

『さっきまでは春の気候でポカポカしてたのにな』

サンジに淹れてもらったコーヒーで体を温めながら、ゆうなは外で元気に遊ぶルフィ達を窓越しに見つめた。

「おっしゃ、できた!!空から降って来た男"雪だるさん"だァ!!!」

シトシトと甲板に降り積もる雪の中、いつも通り薄着のルフィが大きな雪だるまを作って誇らしげな笑みを浮かべている。
そこに、同じく雪遊びをしていたウソップが「はっはっはっ…まったく低次元な雪遊びだな、てめェのは」と、もともと長い鼻を高くさせて割り込むように入ってきた。

「何っ!!?」

渾身の雪だるさんをいきなりバカにされ、ルフィだけでなく雪だるさんまでどことなくショックを受けた様子を見せる中…ウソップが自身の作品を披露してみせた。

「見よ!おれ様の魂の雪の芸術っ!!"スノウクイーン"!!!」

そこにあったのは、雪のソファに腰かけた優雅な女性の雪像。
言うだけあって、ウソップの作品は確かに遊びの域を超えたものだった。
ルフィも思わず「うおお、スゲェ!!」と感嘆の声を上げ、それに気分をよくしたウソップが「ふふん♪」と自慢げに笑う。
…が、そんなウソップのもとに更なる挑戦者がやって来た。

『ふっはっはっはっはァ!!』
「何だ!?」

聞こえてきた高笑いに振り返れば、まなが得意げに胸の前で腕を組んで立っていた。

『2人とも、まだまだあたしの足下にも及ばぬわ!!見よっ、この素晴らしい芸術をっ!!』

そう言ってまなが披露したのは、ミニサイズの麦わら一味の雪像。
これにはルフィとウソップも「「うおおおおおっ!!✧」」と瞳を輝かせた。

『ねっ、凄いでしょ!!』
「すっげェ〜〜〜っ!!✧」
「おい…これは誰だ?」

1つだけ他より明らかに可愛い雪像を指してウソップが尋ねると、まなは何故か照れたように俯き加減に視線を逸らせて「あ・た・し」と体をくねらせる。
当然、ウソップはそんな彼女に白けた視線を送るのだが

「よし!雪だるパンチ!!」

という声と共に"スノウクイーン"の頭が粉砕されたのを見て、彼の注意は完全にルフィへと向けられた。
すっかり跡形もなく崩されてしまったスノウクイーンの報復として、ウソップが「なにしとんじゃおのれェ!」と雪だるさんを蹴りつぶし、それを合図に暴れだす2人。
──となると、彼らの近くに置いていたまなの"ミニ麦わら海賊団"も巻き添え食らってあっけなく粉砕されるわけで。

『あたしの力作に何してくれとんじゃああああああ!!!(怒)』
「「Σぎゃあああああ!!!(汗)」」
『…3人とも、この寒いのにホント元気だね』

…そこに、部屋から防寒着を着て出てきたあやかが通りかかり、彼女は雪の中をキャアキャア言いながら犬のように走り回る3人を呆れたように一瞥すると、雪が降りしきる中眠るゾロの前に腰を下ろした。

『…こんなとこで寝てたら風邪引くよー』

こんなに寒いのに、ルフィと同じく薄着のまま甲板で眠るゾロの頭に降り積もった雪を払うと、あやかは自分の首に巻いていたマフラーをゾロの首に巻きつけた。

──瞬間、首もとが急に冷たい空気にさらされたせいか「クシュン!!」とひときわ大きなくしゃみが出てしまい、鼻をすする私に前甲板でひたすら雪かきをしていたサンジ君が「大丈夫か?」と心配そうに声をかけてきてくれた。

『…ん、大丈夫。ありがとう』

ただくしゃみをしただけだが、それでも気遣ってくれる優しいサンジにあやかは心配をかけさせまいと元気よく笑ってみせる。

──が、サンジは突然雪かきを中断したかと思うと、あやかのいる中央甲板に降りてきて、彼女がゾロにしたように…サンジも自分の首に巻いていたマフラーをあやかの首にかけた。

『これ…サンジ君の…』
「気にすんな、あやかちゃんが風邪引いたらどっかのマリモがうるさそうだからな」

そう言って苦笑いを溢すサンジにあやかはありがとう、と礼を言うと
まだ温もりが残るそのマフラーに顔を埋めた。

『あったかい…』

じわじわと沁みてくるような温かさにうっとりと目を閉じて和やかな顔になるあやかを見つめて、サンジが満足そうに顔をほころばせたその時──
突然、「あ──っ!!」という叫び声とともに船室からナミが姿を見せた。

「な!何だ、どうした!!」
「何事っすか、ナミさん!!」
「180度船を旋回!!急いで!!」

慌ただしくラウンジから出てきたナミの指示に、理由を考えるよりも先に動きだしたのはあやかとサンジだ。
それとは逆に、まず理由を知りたいウソップとルフィとまなはただ首を傾げて引き返す理由を尋ねた。

『何で引き返すの?』
「忘れ物か?」
「違うわよ!!船がいつの間にか反転して進路から逆走してるの!!ほんのちょっとログポースから目を離したスキに…!!!」

それを聞いたルフィ達も、ナミの指示に従い慌てて持ち場につく。
その間、たったの数秒…
だが《偉大なる航路》の気候は、それよりも遥かに早いスピードで更なる変化を遂げていた。

「おい!風が変わったぞ!!」
「うそ!!」
「「春一番だっ!」」
『波が高くなってきた!!』
『10時の方向に氷山発見!』
「氷山かすった!船底にみずもれ!!」
「塞いでくる、まな手伝え!!」
『うん!!』
「ナミさん指針はっ!?」
「またずれてる!!」
「なにっ!?」

これが《偉大なる航路》。
風も空も波も雲も、何一つ信用してはならず、不変のものは唯一「ログポース」の指す方向のみ。
次から次へと襲い掛かる変化に、ただ一人ずっと寝ているゾロを除いた全員が船を駆け回ってそれに対処していたその時──

「雲の動きが早いっ!風が来る…!!」

ナミの読みどおり、凄まじい突風が船を襲った。

『うわっ!?』
「ゆうなちゃん!!」

強風に煽られ、転びそうになった私を庇うように抱き止めてくれたサンジが、風に押されてそのまま床に倒れ込む。
その拍子に、私の唇に柔らかい感触が重なった。

『え…?』

驚いて目を開けると、私の下で倒れているサンジの唇に私の唇が──…

「『えええええ!!?』」

ほんの一瞬、2人の時間が止まったあと
あまりの驚きにゆうなは慌てて身を起こした。

「お、おれ…何した今!?」

サンジも何が起こったのか頭がついていかないようで、目を白黒させて慌てふためいている。
──と、そんなハプニングがありながらも
どうにかすべてを乗り切ったクルー達が、ようやく一息ついて泥のような体を横たえた。
…丁度その時。

「くはっ、あ───寝た……ん?」

今までまったく起きる気配を見せていなかったゾロが大きな伸びをしながらようやく起き上がり、甲板でだらりとするクルー達に視線を這わせた後、首を傾げた。

「…おいおい、いくら気候がいいからって全員ダラけすぎだぜ?ちゃんと進路はとれてんだろうな」

そう言って至極呆れた声を洩らすゾロに、甲板に伏せるメンバーの心に僅かな殺意が芽生えたのは言うまでもなく…
この腹巻き剣士に文句の1つも言ってやりたいとこだが、残念ながら今のクルー達にはその気力すら残ってはいない。
だが、彼らの労を知るはずもないゾロは、みんなと一緒になってグダッているあやかにあろうことか「鍛練するぞ」と言い始めて──

ゴゴン!!!

『あ。』

突然、ゾロの脳天に衝撃が走った。

「…あんた今まで、よくものんびりと寝てたわね!!起こしても起こしてもグーグーと……!!」

制裁を加えたのはもちろん、この船で(ある意味)一番偉いナミ様だ。
突然殴られ、訳のわからないゾロは当然「あァ!?」と凄むのだが、まなやウソップならすぐに謝りそうなその強面顔もナミには通用しない。
反抗的な態度をとるゾロの頭にもう二・三発げんこつを落としたナミは、すっきりとした表情で仲間を振り返った。

「気を抜かないで、みんな!!」
「???」

大量のたんこぶを頭に作り、困惑を示すゾロ。
ゾロにしてみれば、寝ていただけで何故こんな仕打ちを受けるのかと腑に落ちないのは当然なのだが

『ゾロ』
「あ?」
『昼寝もたいがいにね』

声をかけてきたあやかを振り返ったゾロは、僅かに肩を跳ねさせた。
表情は微笑んでいるのだが、漂うオーラがどこか黒い。
普段、優しいあやかですらこの態度だ。
自分が寝ていた時に一体何が…?とゾロが頭を悩ませている間にも、一味はようやく《偉大なる航路》に入って一本目の航海を終えた。


「島だァ!!」
「でっけーサボテンがあるぞ!!」
『ここがウイスキーピーク…!!』
「それでは、我らはこの辺でおいとまさせて頂くよ!!」
「送ってくれてありがとう、ハニー達!縁があったならいずれまた!!」

島が見えた途端、ルフィ達に別れを告げたMr.9とミス・ウェンズデーが船から海へと飛び込んで颯爽と島へと去っていく。
しかし、もともと彼らに対しての関心が薄いのか…はたまた新たなる冒険に心を踊らせてか、ルフィは去っていった二人組のことなど気にも止めず早く上陸したい様子だ。

「正面に川があるわ、船で内陸に行けそうよ」
「バ…バケモノとかいんじゃねェだろうか…!?」
『『バ…バケモノ…?(汗)』』

ウソップの言葉に、そういう類いが大嫌いなあやかとまなが身体を震わせ身を寄せ合った。

化け物なんて、向こうの世界ではまず出会うことのない架空上の生き物だ。
だが、こちらの世界ではそれが当たり前のように存在している。
いつ鉢合わせてもおかしくないってことは重々承知しているが、さすがにまだ心の準備ができていない二人は歯をガチガチ言わせて怯えた。

だが、そんな心境を知ってか知らずか
二人を振り返ったルフィがニカッと笑って言う。

「大丈夫だ、お前ら!!バケモンが出ても逃げ出しゃいいだろ!!」

─とは言うものの、それはすぐに逃げれる状態であればの話。
ナミが言うには、今から行く島がたとえ今すぐ逃げ出したいバケモノ島でもログポースが溜まるまでは何日も居続けなきゃならない場合もあるらしい。

『そんな…!!』
「まァ、そしたらそん時考えるってことで早く行こう!!」
『『……!!』』

ひとの気も知らないで…!!
だが、もうすでに新しい冒険にワクワクしてしまっているルフィには何を言っても無駄なことは、まだ付き合いの浅いあやか達でもわかっている。

あやか達の僅かな訴えも虚しく、船はどんどん内陸へと進んでいき──深い霧を抜けた一味は、次の瞬間目の前の光景に目を疑った。


「海賊だぁ!!」
「ようこそ我が町へ!!」
「グランドラインへようこそ!!」

意気揚々と《偉大なる航路》へとやってきた海賊たち歓迎する、何とも寛大で陽気な町。
…だが、それは表の顔。
実態は、もてなすことで油断させ
海賊たちの出鼻をくじく賞金稼ぎの巣。
それが──


「──歓迎の町ウィスキーピークへようこそ!」







 
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