君といた軌跡T

□episode 2
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(…全然眠れない…)

女部屋に設置されていた予備のハンモックに横になっていたあやかは、ゴロリと寝返りをうった。

今、何時なんだろう…。
月の光の具合からすると、たぶん(夜中の)二時か三時だろうか。
普段なら眠っているはずの時間だが、色々な事が起きすぎたのと、場所が変わったことでまったく寝れる気がしない。

(…なんで眠れるの)

同じくハンモックに横たわっているまななんて、この世界に来たとき一番パニックになっていたはずなのに、今ではすっかり安心しきった顔で大口開けて夢の中だ。

(……少し、外の空気吸いに行こう…)

あやかはハンモックから降りると、眠っているみんなを起こさないように静かに部屋を出た。
甲板に出ると、シン…と静まり返った空間に一段と大きく波の音が響く。

『綺麗な月…』

甲板に座って、夜空を見上げる。
こんな綺麗な星空…向こうでは見たことない。

『…みんな心配してるかな』

今頃どうしてる?
必死になって探してくれてる?
それとも……私の存在ごと記憶から消えてるのかな?
昨日まで一緒にいたはずなのに、みんなと過ごしていた日々が随分懐かしく思える…。
考えれば考えるほど胸の辺りが熱くなり、こみ上げてくるものを堪えようときつく目を閉じると、目の縁から染み出た涙が頬を伝った。
──その時、

「お前、そんなとこで何やってんだ」
『!?』

不意に頭上から声が降ってきて、慌てたあやかが涙を拭って顔を上げると、見張り台からこちらを覗いているゾロと目があった。

『ゾロ…そんなとこで何してるの?』
「おれァ、今日不寝番なんだよ…お前こそそんなとこで何やってんだ」
『あ…ちょっと…眠れなくて…』

泣いてたことがバレるのが嫌で俯きながら答えると、しばらく間を置いた後ゾロが「…じゃあ」と切り出した。

「酒…ちょっとつき合え」
『え…』

再び顔を上げたあやかの瞳に、酒瓶を抱えてニッと笑みを浮かべるゾロが映る。
このまま一人でいるよりは…
そう思ったあやかは頷くと、見張り台に登るロープに足をかけた。

「…いけるか?」
『……予想以上に怖いです』

あともう少しで見張り台にたどり着くのだが、あやかは思っていたより自分が高所恐怖症という事に気付いた。
踏み外してそのまま海に落ちることを考えるとなかなか1歩が進まない。
素直に答えたあやかにゾロは盛大にため息を吐くと、「ほら」と手を差し出した。

『…ん?』
「ん?じゃねェよ…掴まれ」

キョトンとするあやかにゾロが言う。
彼の言葉に甘えて差し出された手を握ると、次の瞬間…強い力があやかの身体を引き上げた。

『わっ…』
「大丈夫か?」
『!』

ゾロのもう片方の腕があやかの背中を抱きとめる。
まるで抱き合っているみたいな状態になってしまい、恥ずかしくなったあやかは慌ててゾロから離れた。

『ご、ごごごめん!!』
「あ?何をそんなに慌ててんだよ」
『何をって──!!』

至って平然としているゾロを見ると、意識しちゃったのは自分だけか…と何だか少し寂しくなって「何でもないです…」と俯くと、目の前にスッ…とグラスが差し出された。
中にはワインがたっぷり注がれている。

「飲め」
『え…あの…私、一応未成年…』
「あ?何言ってんだ」
『……』
(そっか…)

こっちの世界では、法律とかそういうの関係ないのかな…。
それなら、せっかくのゾロの心遣いを無駄にするのも申し訳ないと考えたあやかは差し出されたグラスをおずおずと受け取った。

『…いただきます』

一口飲むと、冷たいお酒が身体の中で温かくなるのがわかった。

(あ…美味しい)

「…お前」
『はい?』
「さっき泣いてたろ」
『!』

不意にふられた話題に思わず肩が揺れた。
正直、一番触れられたくなかった話だ。

『…見てたの?』
「たまたま見えただけだ」
『……』
「…不安か?」
『…ん』

もちろん不安だらけだ。
本当に海賊としてやっていけるのか。
また選択を間違えたのではないか…
考えれば考えるほど自信がなくなっていく。
けど、私が一番不安なのは…

『私たち…これからどうなるのかなって…』
「……」
『ちゃんと…元の世界に帰れるのかな…』
「……」
『…何でこんなことになってんだろ…
 ホント…意味わかんない…』
「……」

ポツリ、ポツリと紡がれるあやかの言葉に、ゾロはどう返せばいいか分からない。

『会えないのかな…』

頭を過るのは大切な人達の顔。
言葉を紡ぐ度に声が震えて、目頭が熱くなってくる。

『家族にも友達にも…もう二度と…っ、会えないのかなぁ?』
「……っ」

ずっと俯いていたあやかが顔を上げた瞬間の、涙を含んだ大きな瞳を見てゾロはグッとたじろいだ。
女の涙は硬派なゾロにとっては最も苦手なもの。

──こういう時、コックなら上手くこいつを慰めてやれるんだろうが。

どうすればいいのかと悩みに悩んだ末、ゾロは行き場の定まらなかった手をグッと握り締めると、次の瞬間にはあやかの頭を自分の胸へと引き寄せていた。

『!!』
「…こうしてりゃ見えねェから。好きなだけ泣け」
『……っ』
(なんで…)

仏頂面で強面だし、
クールな一匹狼で、
他人の事なんかまったく興味なさそうで、
どこか一線を引いてる、

(それが…)

ゾロのイメージだったのに。

ずるい…
聞いてない…
こんな風に優しくされたら──



『……ひっく…っ…う…!!』

涙腺、崩壊するに決まってる。

最初の涙がこぼれてしまうと、あとはもうとめどなかった。
涙はいくらでも目から溢れ出て…
私の涙はもう止まらない。

『……っ』

波の静かな月明りの中、すすり泣くあやかの声だけが響く。

…言葉はない。
けれど、一定のリズムを刻んでポンポンと私の背中を叩くゾロの優しい手が心地よくて──
だんだん気持ちが落ち着いてくると、あやかはようやく自分がとんでもない事をしていることに気付く。

初対面の。しかも、あのゾロに。
すっかり甘えて何をしてるんだろう…
そう思うのに

「…少しは落ち着いたか?」
『…ん』

ゾロの腕の中が、あまりにも居心地いいから──

『…でも』
「?」
『…もう少し…このまま』

ぎゅっと、ゾロの背中に腕を回わしてあやかが呟く。
──瞬間、ゾロは胸がきゅっとなった。
この胸を締め付ける甘い感覚はなんだろうか…
今までこんな風に女に甘えられたことがなかったためゾロは戸惑いを隠せなかったが、平常を装って言葉を返した。

「…好きなだけ甘えりゃいい」

そう言って頭をポンポンと撫でてやると、腕の中にいるあやかが涙で潤んだ瞳のまま驚いたように顔だけを上げておれを見つめた。

「…なんだよ」
『ゾロが優しい…』
「あ?…別に普通だろ」

面と向かって「優しい」なんて言われると
どうにも照れ臭くて、つい顔を逸らしてしまう。

…だが、こいつの言う通り。
今日のおれは自分でもどうかしていると思う。
いつもなら、こんな風に女を慰めたり甘やかすなんてことはしねェんだが…

例えば、相手がナミだったなら──
他の女だったら、おれは同じように優しくしていただろうか。


「……」

考えるだけムダだな。

つーか、そろそろ離れてもらわねェとコック辺りに見られると面倒だ。
そう思ったゾロが「おい…」と自分の胸元に視線を落とすと、泣き疲れたのかスヤスヤと寝息をたてて無防備な寝顔をさらすあやかの姿があった。

「……」
(オイオイ…)

自分の胸に寄りかかってすっかり安心しきった顔で眠るあやかを見つめてゾロはやれやれと息を吐いた。

「…ったく」

…彼は気づかない。
彼女を見つめる瞳が、驚くくらい優しくなっていることに。

ゾロは眠っているあやかを起こさないよう、胡座をかいた脚の上にゆっくりと彼女の頭を乗せると、グラスに残るワインを飲み干してチッと舌打ちをした。

「……何やってんだ、おれは…」




 
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