君といた軌跡T

□episode 3
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翌日。


ド───ンッ!!!

アピスが〈ゴーイング・メリー号〉で迎えた初めての朝は忙しく騒がしいものになった。

「げほっ!ごほっ!」
『なに、今の爆発音!!?』
「…おいおい、朝っぱらから一体何やらかしたんだ?」

まなと共に帆を張り終えたサンジが甲板を覗くと、操舵室を兼ねたキッチン&ラウンジから黒い煙と一緒にアピスが飛び出してくるのが見えた。
サンジに気付いたアピスは「あっ」と声を上げると、満面の笑みで手を振った。

「食事の用意してたのー!みんな、ごはんできたよ!!」
「メシって…?」

いったい、仕上げに爆発を起こすような料理があっただろうか。
「ポップコーンでも作ったのか?」とサンジが呟いた時、下の船室からルフィが顔を出した。

「おー、メシかぁ!!」

ルフィはさっそく甲板に駆け上がった。
他の仲間たちも、なんだなんだとラウンジのあるデッキハウスに集まる…。
そして、食卓についたみんなはテーブルの上に置かれた人数分の黒い塊を見て唖然とした。

『…これ、アピスが作ったのか?;』
「うん!!」
「な、なかなか個性的な見栄えだな……石炭みたいな;」
『…まさか、ダークマターを食べる日が来るとは…』
『リアルで初めて見たよ…;』
「いっただきまーす!!」

アピスの作った料理を見たみんなの反応は、そんな感じだった。
ゾロに至っては言葉を失い、ほんとに食えるのか?と皿に盛られた黒い塊とにらめっこしている。

「助けてもらったんだもん。これからはお手伝い何でもするね!!」

昨日とは売って変わって、すっかりみんなのことを好きになったアピスはやる気満々だった。

「おお!うめーぞ、これ」

勇気ある船長…いや、こいつの場合は食えるなら何でもいいのかもしれない。
ルフィが美味しそうにアピスの料理をパクつく様子を見て、みんなは「マジ?」と目を丸くさせる。

「本当っ?私、料理って初めてだから……よかった!おかわりもあるからね」
「そうそう…見てくれが悪いだけで、味はしっかりしてることもある──」

アピスの傍らに立ったサンジが、ルフィの言葉を受けて石炭もどきをひと塊フォークで口に運ぶ…。
それを見た他のメンバーも、おそるおそる料理に手をつけた。
──直後「ぐっ?」と、サンジの端正な眉毛がピクッと歪んだ。

「『ひィ〜〜〜〜〜っ!!!!!!(汗)』」

ルフィを除いた全員が、みな顔を蒼くして口から火を吐きそうな勢いで悲鳴を上げると、ゴクゴク水を飲み始めた。
その反応に、アピスは首を傾げて料理をひとつまみ食べてみる…。

「っ!うわ、マズっ!!」
「いったい、どういう味つけをすればこんな味が……」

自分で不味いと言ってしまったアピスの隣で、舌を痺れさせた未知の感覚にサンジは料理人として壮絶なショックを受けていた。

「私、お塩入れすぎたから、お砂糖をたくさん……あと隠し味でタバスコをたっぷり」
「隠し味をたっぷり入れてどうするー!!(汗)」

ウソップが半泣きで訴えた。

「あのな、アピス……調味料ってのは、塩入れすぎたからって砂糖入れても味がちょうど良くなるわけじゃない」
「……ごめんなさい」
「まぁ、素人にはよくある間違いだ…気にするな」

サンジがピクピクしながら慰めた。
焦げついたフライパンが流し台に散乱している。
もとより調味料うんぬんのレベルの問題でないことは見りゃわかる。

「おい!てめェら、せっかくアピスが作ってくれたんだ。残すなよ!!」
「「いいっ?」」

サンジの言葉にゾロとウソップが顔を歪めた。
女性陣も「マジかー…」といった感じで、まだまだ皿に残っている黒い塊を見つめて遠い目をしている。

「食いもんを粗末にすることは、おれが許さん!!」
「…この石炭を食い物に含めていいのか?;」
「黙れ、ウソップ!!」

「レディ達にはあとで何か作ってさしあげます──」と小さくつけ足したサンジに、女性陣は苦笑いまじりにありがとうと応じた。


「──ところで、アピスはなぜ漂流してたの?」

何とかアピスのご飯を食べ終え、一段落していたナミがずっと気になっていたこと切り出すと、アピスは途端に表情を曇らせた。

「海軍の船から逃げ出してきたの」
「あんなボートで?…あんたも無茶するわねェ」
「そもそも何やらかしたんだ、お前?逃げ出さなけりゃならなかったってことは客として軍艦に乗ってたわけじゃねェんだろ」
「それは…」
「なんだ?お前、ひょっとして極悪人か?」
「違うわよっ!悪いことなんかするわけないじゃない!!」

横槍を入れてきたルフィにアピスは思わずムキになって言い返す。

「じゃあ、何でだよ?」と再びウソップが聞くが、アピスは黙りこんだままで…その様子をキッチンを片付けながら見ていたサンジが助け船を出した。

「まぁいいじゃねぇか、ウソップ。本人が言いたくねェならそれ以上聞くこともねーだろ」
『そうそう、しつこい男はモテないよー』
「だよねー、あやかちゃん♡」

サンジと共に散らかった調理道具を片付けていたあやかが冗談混じりに言うと、ウソップが「ぐ…っ」と顔を歪ませる。
そんなウソップの傍らで…

(…クソッ、イライラする)

ゾロはテーブルに頬杖をつき、込み上げるイラ立ちを必死に堪えていた。
視線の先には、サンジと楽しそうに会話をするあやかの姿。

見ればイラつくとわかっていて、でも気づけばあやかを目で追っている自分がいる。
初めて抱く感情にどう対処していいのかも分からず、ゾロは深く溜め息をつくと視線をアピス達に戻した。

すると、何やらアピスがピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶ様子が目に入り、「なんだ?」と首を傾げるおれにゆうなが「話聞いてなかったのか」と呆れながら説明してくれた。
どうやら、アピスの故郷に寄ることが決まったらしい。

「お礼に、これからは毎日いっぱいご飯作るねっ!」

──と言ったアピスに、ルフィ以外の7人が「それはしなくていい」と…そこだけはっきりさせといた。




***

『んー、今日もいい天気だぁ〜!!』

朝っぱらからひと騒動はあったものの、
話に一段落がつき、ラウンジを出たまなは眩しい太陽に目を細めた。

穏やかな波の音と、遠くで響くカモメの声を聞きながらポカポカ陽気に誘われたあたしは青い空の下、デッキにゴロンと寝転ぶ。

この船に来てからはルフィやウソップと遊んでいる事が多いけど、たまにはこうして何もせずにボーッとするのもいいかもしれない。

ゆっくりと流れる時間…。
こうしてのんびりした時間が過ごせるのも、きっと"東の海"にいる間だけだとナミが言っていた。
ならば、今のうちに思う存分満喫しておこうじゃ──

「おっ、いたいた!まな!!」
『……』

…はい、満喫タイム終了。

この船でのんびりとした時間を過ごすのは、どうにも難しそうだ。
ルフィに呼ばれたまなは幸せ気分を邪魔されたこともあって少し面倒くさそうに起き上がった。

『なぁに?』
「ちょっとこっち来い」
『?』

なんだろうと思いつつ、あたしはルフィの立っているデッキの隅へと移動する。
そして、あたしが側に寄るとルフィは辺りをキョロキョロと見渡し…誰もいないことを確認すると、そっと腰を下ろしてあたしにもそうするよう合図してきた。

『…どうしたの?』

さっきから何をそんなにコソコソとしているのだろうか…。
疑問に思ったあたしがルフィに訊ねると、ルフィはニッと笑みを浮かべてあたしの前に両手を差し出した。
…その手には、オレンジ色の果実が2つ握られている。

『! それは…!!』
「こっそり取ってきた!他の奴らにはナイショな?」
『え、いいの!?バレたらナミに殺されるんじゃ…』
「だから、バレねェように早く食えっ!!」

そう言って、必死にみかんにかぶりつくルフィを見つめて「怖いもんしらずだな…」と感心しつつ、漂ってくる柑橘系のさわやかな香りに、バレた時の恐怖よりも食べたいという欲望が勝ってしまったあたしはついにそれを口にしてしまった。

『!』

…瞬間、口いっぱいに広がる絶妙な甘酸っぱさに思わず「おいしい!」と声が出そうになる。

慌てて口を覆うと、その様子を見ていたルフィが「なっ!うめーだろ?」と得意気に笑い、思わずコクコクと全力で頷くと、ルフィは満足そうな顔をしてあたしの頭をくしゃくしゃっと撫でてきた。

『わっ…何…』
「少しは元気でたか?」
『え?』
「ずっと無理してたろ」
『……』
(なんで…)

目を丸くして、ルフィを見つめる。
何で…?隠してるつもりだったのに…

この世界で生きていく事への漠然とした不安。
いつ、もとの世界に帰れるのか。
嫌でも血を見ることになる、平和とは言えない世界で本当にやっていけるのか。
足手まといにしかならないあたし達を彼らもいつか見放すんじゃないだろうか。

本当はずっと不安で…
でも、あたしがそれを表に出すと
きっとあやかは自分を責めるだろうし、ゆうなにも心配をかけてしまう。
だからずっと元気に振る舞ってきたのに──

『…敵わないなァ』

普段おちゃらけていても、やっぱりこの人は船長だ。
俯き加減で呟いたまなは、僅かに口角を上げるとパッと顔を上げて満面の笑みをルフィに向けた。

『もう大丈夫!!』

そう言ったまなの笑顔に偽りはなく、ルフィが「しししっ!」と笑みを浮かべて立ち上がったその時、ドォ──ン!!!という、すさまじい音と共に突然船が激しく揺れた。

「何だ、なんだぁ!?」
「やべェぞ!海軍だ!!」

ルフィと共に慌てて船首に駆け寄ると、見張り台にいたウソップが双眼鏡を覗きながら叫んだ。

「おれの首を狙いに来たのか?すげーな、おれって!!」
「バカな事言ってんじゃないわよ!!」

相変わらず暢気な船長に言って、ナミは後方を見遣った。
すでに敵艦はかなり接近している。
それを見たアピスは「……あ」と声を漏らした。

「どうした?アピス」
「あのマーク…!私、あの海軍から逃げてきたの!!」

軍艦の帆に描かれた『8』と、翼を広げたカモメのマーク。
その帆の下で、だしぬけに砲煙が噴き上がった。

「うへぇ!また撃ってきやがった!!」

仰天したウソップがマストから転がり落ちた。
ズゥン…!という爆音もろとも至近距離で水柱が立ち、水しぶきが甲板に降り注ぐ…。
直後、「海賊船に告ぐ!」と軍艦から拡声器の声が警告した。

「こちらは海軍第八支部だ!ただちに停船しろ!今のは威嚇だ、次は命中させる!!」
「…だとさ」

まったく動じる様子もなく、刀に手をかけるゾロ。
あたしは咄嗟にルフィの腕に掴まった。

「…ん?どうした、まな。怖ェか?」

ルフィの問いに、まなが小さく頷く。
危惧していたことが急に訪れ、心の準備ができていなかったまなは戸惑いを隠せなかった。

自分の左腕を掴むまなの手が僅かに震えていることに気づいたルフィは、その手を包むように右手でしっかりと握ると…前方の軍艦を見据えて言った。

「安心しろ、おれがついてる…!!」
『ルフィ…』

ニシシッと目の前で彼特有の人懐っこい笑顔を浮かべるルフィに恐怖心が和らいでいく。
まなが小さく頷くと、海軍の出方を窺っていたゾロが最終的な決断を船長に求めた。

「どうする、ルフィ?やるならやるぜ」
「よぅし!!」
「Σちょっと待て──っ!!てめェら、どうしていつもそーケンカっ早いんだよ!!」

当然のごとく、闘る気満々に拳をぶつけるルフィを見てウソップが「ひぃっ」と喚いた。
海軍の出現にすっかり腰が引けているようだ。

「あんな数相手にどうしようってんだ!!」
「斬り込む」
「Σ斬り込んで何とかなるかァ!!」
「アピス、下の船室に行ってな」

ワイワイと騒ぐウソップ達の背後で、サンジがアピスを腕に庇って隠れているように促す。
頷いたアピスは、その時──帆桁にとまった海鳥の声を聞いた。

「風が…」
「ん?」
「風がくるって。強い風が…!!」

アピスが言うと、訝るサンジの隣でその言葉を聞いたナミがハッと何かに気づいたように振り向いた。

「ゾロ!帆を南に傾けて!!ウソップとサンジ君は面舵いっぱいで!!」
「へ?」
「急いで!!」
「お、おう…」
「はい、ナミさん!!」
「どうしたんだ?」
「突風が来る…それに乗って逃げるの!!」
「別に戦っても勝てr…」
「うるさい!!つべこべ言わずにやるの!!」

ナミに殴られそうになって、ルフィは脇目もふらずに仕事に取りかかり始めた。
──その様子を、軍艦の見張り台から監視していた海兵の1人がハーディ少佐に報告する。

「──海賊船、停船の気配ありません!」
「おのれ…なめおって!!」
「どうする少佐…?あの海賊船に例の娘がいる以上、撃沈はできんぞ」

スーツに身を包んだ、サングラスの男が試すように言うと、少佐は「チッ…」と舌打ちをして操帆指示を出した。

「艦を近づけろ!接舷して拿捕する──海賊どもはどうでもいい、例の娘を傷つけずに保護しろ!」

──その時、

バババッ───!!

「ぬっ?」

予期せぬ突風に煽られ、男はよろめき手をついた。
少佐と海兵達も甲板に倒れる。
それ程の、大人を吹き飛ばすほどのハリケーンのような猛突風だった。

たちまち船足にブレーキがかかる。
逆風をはらんだ、すべての帆は壊れた傘のように反り返った。
──それは、予知能力でもなければ回避できない不測の操船ミスだった。

「か…海賊船、南に転針して逃走!!」
「なんだとっ?」

制帽を飛ばされたハーディ少佐が見張りの言葉に愕然とした。
こちらの艦とは対照的に、絶妙のタイミングで今の突風をつかんだ海賊船はみるみる加速して遠ざかっていく…。

「何をしている!追え!!」

男は立ち上がって海賊船を指さした。
だが、いちど船足の鈍った帆船はたやすく速度を回復できない。

「海賊船、さらに逃走中!このままでは追いつけません!!」

見張りが叫ぶ。
その時にはもう、海賊船は水平線の向こうに逃げ去りつつあった。

(チッ…)

「まぁいい。〈竜骨〉の手がかりが生きていただけでもよしとしよう」
「エリック…?」
「奴らは東に向かっていた。この海域から東といえば、立ち寄りそうな島は一つだ」
「……軍艦島か」





 
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