君といた軌跡T

□episode 4
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軍艦島を脱出した翌日。
一味は"ロストアイランド"を目指して船を東へと進め──途中、何もないはずの空間に突如現れた鏡の壁に吸い込まれるという不思議体験を経て、ようやく"ロストアイランド"と思われる場所に辿り着いた。

だが、その島の山頂にあった石造りのドームの中に描かれていた天井画を分析した結果…"ロストアイランド"は軍艦島の東の沖にあることが判明。

後を追ってきていたエリックを何とか撒いた一味は行きの航路を逆走し、再び軍艦島を目指して西進していたのだが──


「追ってきやがった!あの第八支部の船だ!!」

〈ゴーイング・メリー号〉を追って、カモメの旗印を掲げた軍艦が迫っていることに気付いたのは、スナイパーゴーグルをつけて見張り台にいたウソップだった。
ウソップの声に、ラウンジにいたアピスと女性陣が甲板に飛び出す。

「メインマストなしで、どうやって船足を稼いだの?」
「艦橋の上に、あの悪魔の実の能力者がいるぞ!!」
「…もしかして、あのエリックって奴が風を─?」

そんな手が…?と、ナミが唸った。
『カマカマの実』の能力は、これまでの戦いから推測してつむじ風とカマイタチを起こせるらしい。
追風を自在に呼べるとなれば、帆船にとってこれ以上の『能力』はない。

「…おい!!あれ見ろ!!」

ナミが思案していると、不意に見張り台のウソップが動転した。
前方に、カモメの旗印と第八支部を意味する数字の『8』を帆に描いた軍艦が現れたのだ。

「でかいぞ!!重ガレオンが……三隻か?」
『…挟み討ちか』

ゆうなが舌打ちした。
前から後ろから、海軍が迫ってくる。

「いや…一隻?前は一隻だ!!」

ウソップが慌てて訂正する。
三隻に見えたのは、マストを3本横に並べていたからだ。
並の軍艦を三隻並べたほどの船幅がある、べらぼうな排水量の怒級艦だ。

それを見たルフィが「すっげー!かっけー!鬼瓦みてー!!」と歓声を上げた。
怒級艦の船首には、それだけで〈ゴーイング・メリー号〉ほどもありそうな、どでかい金メッキの鬼の面が飾られていた。
前面、側面に隙間なく並んだ砲列…その数、数百門。死角はない。

「まともにやり合ったら火力が違いすぎる……操船で躱すわ」

敵が二隻なら。
取りまわしの悪い大型艦相手なら。
ナミの操船技術で回避できる。
──その時、

「うわ──っ!前、前──っ!!(汗)」

と、ウソップがまた壮絶に悲鳴を上げた。

「なによ、今度は何!?」
『ナミ、あれ…!!』

あやかが叫んだ。
ナミの瞳が呆然と見開かれる。
旗艦〈ネルソン・ロイヤル〉に信号旗が掲げられた直後──その背後から、軍艦が左右に分かれて出現した。

『…な、何あれ…』

まなは驚愕した。
二隻──いや、四隻、八隻……さらに増える。
巨大な旗艦の陰に、とんでもない大艦隊が隠れていたのだ。
縦列陣を組んだ艦隊は、旗艦を要にV字に展開していく。
旗艦だけが停船し、V字陣をさらに左右に展開したネルソン艦隊は一列横隊になり、さながら旗艦を守る海上城壁と化した。

「雑魚一匹逃がすな!すべての船を鎖でつなぐでおじゃる!連環の陣でおじゃる!!」

ネルソンの命令が飛んだ。
各艦は、横に隣り合った艦との間に数本の鎖を渡して互いに繋がった。
さらに両端の艦から前進突出、両腕で丸く包み込むようにして海賊船を連環に──鎖の輪陣形のなかに取り込んだ。

「どうしよう…!鎖で囲まれちゃった!!」

押し潰されそうな海軍艦隊のプレッシャーにアピスの膝が震える。
それを見て、見張り台から下りてきたウソップが
「敵船に乗り移って、奴らを蹴散らしてあの鎖を落とす!それしかねェだろ!!」
と、勇ましく提案するのだが…
実行をするのはもちろんルフィ、ゾロ、サンジの3強だ。

ウソップの提案にゾロが「悪い手じゃねェな」と、まんざらでもなさそうに刀の柄に手をやるその横で、何やら考え込む様子だったあやかが不意に「あのさ、」と言葉を切り出した。

「何だ」
『敵船…私も行っていいかな?』
「は!?」

何を言い出すかと思えば。
予想もしていなかった言葉に虚を突かれたゾロは思わず大きな声が出てしまった。

「バカ言え!お前が来たってどうにもなんねェだろ!死にてェのか!?」
『死にたくないよ!でもこの船に乗る以上っ、この先も戦う事は避けられない!』
「!!」
『私は…っ、守って貰いたくてこの船に乗ったんじゃない!!』
「…っ」

強い意志を宿したあやかの瞳に、さすがのゾロも言葉を詰まらせる。

「あやか、気持ちは分かるけど危険よ」

宥めるように、ナミがあやかの肩に手を添える。

『無鉄砲で…考え無しに言ってるわけじゃないの』
「…え?」
『刀さえあれば…どうにか出来るかもしれないの…』
「どういうこと?」
『あやかの家は…歴史ある剣術道場を営んでるんだ』

ナミの問いかけに応えたのは、ゆうなだった。

『あやかはそこの一人娘で、数ある大会で強豪な大人の男達相手にも勝ってきた。だから…』
『刀さえあれば、あやかはたぶんそこら辺の男よりは強いよ』

ゆうなとまな言葉に、ゾロが「本当なのか?」と言わんばかりの視線を向けてくる。
私が全力でコクコクと頷くと、ゾロはやれやれと右手で顔を覆った。

「…わかった」
『!』
「だが、絶対に無理はすんな。それから、なるべくおれの側にいろ。…守れるか?」
『約束します!』
「よし」

いつもの勝ち気な笑みを浮かべて、ゾロがくしゃっと私の頭を撫でる。

「よぅし!んじゃあ、殴り込みだァ!!」

船首像の上で、ルフィが叫んだ。
数百倍の火力を持った相手に、ルフィは…
海賊たちは怯まない。
ルフィを先頭に、サンジとゾロ…そしてあやかが切込みに備えると、船は正面の敵艦をつないだ鎖の城壁めがけて直進した。

ざばっ!ざばばっ!!

左舷で、右舷で水柱が立つ。

「うひゃあ!撃ってきたァ!!」
『あ…っ!!』
「まな!!」

着弾によって波が大きく揺れ、船の壁に添うような場所にいたまながバランスを崩し、ふわっと一瞬重力をなくして身体が投げ出される。
…けれど、そんなまなの腕をルフィは強く掴むと、そのまま自分の方へと引き寄せた。

「はぁ、危なかったぁ…大丈夫か?」

ホッとしたようにまなの顔を覗き込みながら、ルフィが言った。

『う、うん。ごめん…ありがとう』
「いや、なんともねェならよかった!!」

そう言っていつもの人懐こい笑顔を見せるルフィ。
けれど、引き寄せられたときの力強さが
あたしの中で何度もフラッシュバックして──

(…びっくりした…)

ゾロやサンジ君と違って男というより、友達というか、弟というか…
今までルフィを異性として意識したことはなかったけど、こんな風に急に男の子らしいところを見せられてしまうと少し戸惑う。

(男の子…なんだ…)

少し痛みが残るその場所にそっと触れながら、やけに早くなっていく胸の鼓動を必死で抑えるまな。
その傍らでは、砲声と着弾の衝撃にウソップが錯乱していた。

「沈むゥ〜〜〜〜〜!おれの魂の〈ゴーイング・メリー号〉が〜〜〜〜!!」
「だまれ!!うるさい、パニクるな!!!」
「このまま突っ込む」

いつもながら戦る気満々のゾロの言葉にウソップがまたしても狼狽える。
──が、ナミから敵の艦隊がこの船を射界に捉えられるのは十分の一以下と教えられ、ウソップはほんの気持ちだけパニックから立ち直った。

「敵は鎖で繋がってるから身動きもとれない。こっちから敵に近づけば、同士討ちを恐れて砲撃できなくなる……こうなったら敵の懐に突っ込んだほうが安全!あとは、ルフィ達に暴れてもらうわ!!」

ナミはわずかの間で、連環の陣の長所も短所も看破していた。
……こちらの戦闘力も。

「おお──っ!こっちに弾来るぞ!!」

ルフィの声が上がった。
前方、鎖で繋がった二隻の軍艦から砲煙が噴いた。
弧を描いた砲弾が〈ゴーイング・メリー号〉に飛来する。

「回避できない!そっちでなんとかして!!」
「おう、なんとかする!!」

ルフィが立ち上がって大きく息を吸い込むと、プーッとフグみたいに体が膨らんで〈ゴーイング・メリー号〉を襲った砲弾を受け止める。
そして、

「"ゴムゴムの風船"──りゃあっ!!」

弾き返された砲弾が、それを襲った軍艦にお返しされてマストをへし折った。

「うっほ〜!行け行け〜!!」
「ルフィ!なるべく寄せるから飛び移って!!」
「おおっ?」
「軍艦と、この船じゃ耐久力が違う!まともに接触したらこっちがバラバラになる!!」
「わかった……んじゃ行くぜ!"ゴムゴムの吊り橋"──っ!!」

ぎゅ〜〜〜〜〜ん!と海を渡り、ルフィの腕がぐんぐん伸びてマストを折られた軍艦を掴むと、その腕の上をサンジとゾロが綱渡りでダッシュしていく…。
そして、二人を渡したルフィは残っていたあやかを脇に抱えると、ゴムゴムの腕の反動を利用し、 敵船めがけてロケットのように飛んだ。

「うひょ〜〜〜〜〜っ!!」
『いやあああっ!ゾロ危な〜〜〜い!!』
「い"ィ?」

ドン!!

「ぐほぁっ!!」

勢いよく加速したルフィが、先に敵船に乗り込んでいたゾロにぶつかり、巻き添えをくらったゾロは後方に大きく飛んで壁に激突した。

「悪ィ、ゾロ」
「おめェ…」
『大丈夫?;』

あまり悪びれる様子もなく謝ったルフィに文句を言いつつも、ゾロはすぐに立ち直ると船縁に繋がれた極太鎖を見つめて呟いた。

「鋼の鎖か…」
「斬れそうか?」
「おれに斬れねェもんはねぇ」
「じゃ、頼む」
「…ん?」

──その時、バタバタと近づいてくる足音に気づいたサンジが後方を振り返ると、複数の海兵たちが現れた。
海賊の切込みを許した軍艦の甲板上は苛烈な戦場と化する。

「ネルソン艦隊の名誉にかけて、ここは突破させん!!」
「鎖を守れ!!」
「たかが数人の海賊だ!ここで連環の陣を突破されたら、わが艦は艦隊の笑い者だぞ!!」

数十人の海兵達が、サーベルを抜いて斬りかかってきた。

「ぞれぞろと、まァ…」
「にぎやかな方が楽しいじゃん」

周囲を見渡しながら、楽しげに顔を見合わせると、切込み隊のサンジとルフィは正面から迎え討った。

「"ゴムゴムのガトリング"!!」
「こっちも手早く済ませるぜ」

燃えるような瞳で、次々と敵をなぎ倒していくルフィとサンジ。
現実感の無い光景に、つい呆然としていると、すぐ側で甲高い金属音が響いた。

『!?』

振り向くと、ゾロが敵の刀を弾き飛ばしていた。

「なに突っ立ってんだ」
『…っ』
「さっきはあんな威勢のいい事言っておいて、もう怖気づいたか?」
『………少しね』

いくら幼い頃から剣術を学んでいても実戦は初めてだ。
もちろん、人を傷つけるのも…
ゾロには大口叩いたものの、怖くないわけがなかった。

(でも──…)

あやかは、近くに落ちていた海兵のサーベルに手を伸ばした。

(乗り越えなきゃ…この世界で生きていく為に!)

「…っ、あやか後ろ──」

あやかの背後に迫る敵に気づいたゾロが、声を上げたと同時──…

ガキィンっ!!

「!?」
「!」

背を向けたまま、相手の一撃を防いだあやかが、顔だけ振り返りニコリと笑った。

『無防備な女を相手に容赦なく斬りかかってくるなんて…最低ですね』
「!」

一瞬にして間合いを詰めたあやかは、海兵を峰打ちで倒すとゾロを振り返った。

『私は大丈夫だから、ゾロは鎖を!』
「あ、ああ…」

寡黙な剣士は先程の一瞬の出来事に呆然とした様子のままあやかに頷くと、眼前の鎖を見据えた。

(あいつ…本当にやりやがった…)

剣術道場の娘と聞いて、まさかとは思ったが…。
剣を握った瞬間、まるで人が変わったかのようだった。

おそらく、おれが予想していたよりもずっと…あいつは剣術の才能に長けている。
それが証拠に、今もなお…あいつは向かって来る海兵たちを極力傷付けずに応戦していた。

(…やるじゃねェか)

ゾロは、ますますあやかを気に入った。
守ってもらうだけの、か弱い女と思っていたが…
案外、背中を任せられるくらいのパートナーになるかもしれねェ。

「…過大評価しすぎか?」

ともかく、ゾロはこれからあやかを鍛える楽しみが増えたことに心を踊らせた。
イコール、それは…今よりももっと彼女と一緒に過ごせる時間が増えるからだ。

「おい、ゾロ!何やってんだ!さっさと鎖斬れ!!」
「お、おう…悪い」

鎖よりもあやかで頭がいっぱいだった。
ゾロは深呼吸をすると、舷側の巻き上げ機につながった極太の鎖を見定めた。

「……」

すっと腰を落とし、据え物斬りの形をとる。
手にした刀は〈和道一文字〉──
一閃、抜き放たれた最上大業物が巻き上げ機の木のレバーを一太刀に斬り落とすと、ロックの外れた巻き上げ機が回転し、鎖がそれ自体の重みでジャラジャラと流れ出す。
そして隣の艦との間に張られた鎖がゆるみ、ついに端から抜け落ちてザバッと海に水飛沫を上げた。

『やった…!!』
「いいぞ、ゾロ!!いや〜ん、素敵〜♡」
『ゾロ様〜〜♡』

鎖が落ちた瞬間、ウソップとまなが操舵室で躍り上がった。

一本、もう一本と鎖が落ちる。
その鎖を渡って援軍に駆けつけようとした隣の艦の海兵もろとも海に落ちていく…。

「鎖はあと一本……ウソップ!船をあの突破口に!!」
「了解!!」

連環の陣に生じたほころびに〈ゴーイング・メリー号〉は突っ込んだ。
切込みで混乱した敵艦からの砲撃は散漫だ。
他の艦からは、死角になって砲撃は届かない。
このまま──


ガンガンガンガンガン!!!


その時、けたたましい船鐘が辺りの海域に響き渡った。


  
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