君といた軌跡T

□episode 1
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『え……?』

あやかの口から思わずそんな声が漏れて、彼女達はその場に呆然と立ち尽くした。
なぜなら、目の前には──

『いったい、どうなって…』

道路もない。車もない。
街灯も電柱も信号も……
車の音もトラックの音も、
時折聞こえる電車の音も、
遠くの踏切の音も──

3人の少女は瞬きをした。パチパチと。
でも、何度瞬きしたって目の前の景色は変わらない。
子供の頃から見飽きるくらい見てきた街の風景が、街の音が──ない。

そのかわり目の前に広がるのは…………
真っ青な海だった。


『…っ、何ここ!?』

しばらく呆然としていたまなが、ハッと我に返って叫んだ。

『やだっ…なんで!?街は?ウチは? 国道は!?』
『…まな、落ちついて』
『この状況でどう落ちつけっていうの!?』

パニックに陥ったまなが来たはずの路地に戻ろうとしても、後ろには砂浜が広がっているだけ…。
路地はおろか、ドアも扉もなにもない。

『なんで…何もないの?』

パニックの次にやってきたのは虚脱。
まなはその場にカクリと膝をついて座り込み、茫然と真っ青な世界を見つめた。

夢……なのかな。
そんな考えも過るが、指先に触れる砂の感触がその考えを否定しているようで…

『…なにこれ…意味わかんない…あたし達どうなったの?』
『…まな』
『あの道通らなかったらこんなことになんかならなかったのに!!あやかのせいだよ!』
『……ごめん』
『まな』
『……っ』

ゆうなに怒気を含んだ視線を向けられ、まなは思わず俯いた。
あやかを責めても仕方ないという事は、彼女もわかっている。
けれど、誰かのせいにしないと気持ちの行き場がなかったのだ。

重たい空気が3人を包む。
──と、その時

「…失礼、お嬢さん達。どうかしたのかい?」
『『『!』』』

背後から突然声を掛けられ、あやか達は反射的に後ろを振り返った。
すると、そこには金髪にスーツ姿の男性が立っていた。

(──あ、れ…?)

あやかは、目の前に立つこの金髪の男に見覚えがあった。
両隣りに立つゆうなとまなも目を丸くさせて、驚きの表情で彼を見つめている。
3人はゆっくりと顔を見合わせると、さっきまでの気まずさなんて忘れて、目の前の彼から少し離れた場所で小さく円陣になってしゃがみ込んだ。

『え…何?コスプレ?』
『だとしたら完成度高すぎない!?まるで本人だよっ』
『…それはありえない』

上から順にあやか、まな、ゆうなが言う。
ゆうなの言う通り、本物ということはまずありえない。
だって彼は架空の人物なのだから。

『…じゃ、変質者?』
『まぁ…普通に考えれば』
『え、ヤダ、逃げようよっ』

あやかの言葉を受けて妥当だと頷くゆうなと、すでに逃げ腰のまな。
けれど、この訳の分からない状況で自分たち以外の人間に会えた事は少なからず安堵感もある。

この人は敵なのか、味方なのか ……

声を掛けてきた男を再び確認するべく恐る恐る背後を振り返った3人は、その直後、さらに驚くことになる。

「おーい、サンジ〜!!」
『『『!!』』』
「何やってんだ、さっさと帰る…って、こいつら誰だ?」
「……あ?」
『『『!!?』』』
(何ィィィィィィ!!?)

こちらに駆け寄って来た人物と、怠そうに歩いて来た人物は、これまたウソップとゾロのコスプレをした人達だ。

『???』

あやかは頭を抱えた。
これは一体どういうことなのか…。
この近くでコスプレイヤーさん達が集まるイベントでもあったのだろうか…。
けれど、今やって来たこの人達は金髪の男の事を間違いなく「サンジ」と呼んだし、目の前にいる人達はコスプレで済ますにはあまりにも本物に似すぎている。
画面の中からそのまま出てきたような…いわば"実物"と言っても過言ではないのだ。

『…ねぇ、』
『…うん。言いたい事はわかる』
『さすがにさ…これはおかしいよね?夢?』
『で、でもさっ…夢ならこんなにはっきり砂の感触感じるっておかしくない!?』
『でも、あの世界的に有名なキャラが目の前にいるなんてどう考えても──』

常識的に考えたらありえない展開。
夢なら覚めるだろうと、あやかが確認の為に自分の頬をつねってみたがやっぱり痛い。

『…これは噂に聞く…あれですか?』
『…おそらく』
『あれだね!!……で、"あれ"って何?』
『((ガクッ;))』

頷いておいて、キョトンと首を傾げるまなに、あやかとゆうなが肩を落とす。

『分かってなかったの?;』
『…今、頷いてたのは何だったんだ;』
『ノリです』

"へへっ"と申し訳なさそうに頬を掻きつつ、まなが「…で、何?」ともう一度2人に尋ねると、あやかとゆうなは声を揃えて言った。

『『異世界トリップ』』
『ああ、異世界トリップかぁ〜…なんだそうか…トリップ……トリ……………Σええっ!?トリッ…っ!!』
『し──っ!!!(汗)』
『声でかい(汗)』

思わず叫びそうになったまなの口を、ゆうなが慌てて塞ぐ。
そんな彼女達の行動を見て、ゾロが怪訝な表情を見せた。
小声で密談する様子はゾロから見れば怪しさ満点。
何か企んでいるかもしれないと疑うのは当然の事だろう。
ゾロは警戒オーラを全面に出しつつ、彼女達に声を掛けた。

「…おい」
『!?』
「お前ら、さっきから何をコソコソと話してやがる」

明らかに敵意を含んだ視線を向けるゾロ。
ただでさえ目付きの悪いゾロに咎めるような厳しい眼差しを向けられたあやか達は思わず表情を強ばらせる。
すると、見兼ねたサンジがゾロを制して前に出た。

「やめろ。か弱いレディー達がビビってるじゃねェか」
「……」
「大丈夫かい?何か困り事があるなら、おれ達でよければ力になるぜ?」

そう言って、優しい笑みと共に手を差し伸べるサンジ。
けれど、彼女達はこの状況をどう説明したらいいのかわからなかった。
「えっと」とか「その…」とか言葉を詰まらせるばかりのあやかを、ゾロが早く言えと言わんばかりの目つきで見下ろす。

『っ、』
(そんな恐い顔しなくても…)

ゾロからの圧を感じ取ったあやかが、ゆっくりと口を開く。

『…わ』
「ん?」
『私たち…事情があって…帰る家ないんです…』

言葉を選んでようやく伝えると、ウソップがすぐさま反応した。

「なんだ、家出でもしたのか?」
『…家出っていうか…』
『帰る家自体、なくなった』
「「「は?」」」

ゆうなの言葉に、サンジ達は揃って目を丸くさせた。

…そりゃそうだ。
いきなり家がないと言われたらそんな反応にもなるだろう。
言葉にして改めて、ここには自分達の帰る場所がないことを実感する。
もうすっかり陽は沈んで、辺りは暗くなってきた。
自分達は、これからどうなるんだろう…。
お父さんもお母さんも、きっと心配している。
急にいろんな不安が押し寄せてきて、考えれば考えるほど鼻の奥がツンっとして…ジワッと目に涙が浮かんでくる。
込み上げる涙を見られぬようあやかが俯くと、不意に頭の上に優しい手が置かれた。

「…よく分からねェが、何か言いにくい事情があるんだろ?行くとこねェなら、とりあえずおれ達と一緒に来るか?」

サンジだ。

『え…』
「こんな場所に君達だけでいるのも心配だし…何より、そんな不安そうな顔してる娘(こ)たちを放ってはおけねェよ」
『…で、でも…』

あやかは、ちらっとサンジの隣に立つゾロを見上げた。
サンジがそう言ってくれても、この強面の彼はきっと賛成しないだろう。
あやかが不安げな瞳で見つめると、その視線に気づいたゾロがチッと舌打ちをした。

「…好きにしろ」
『え…、』

予想外の返答に、あやかは思わず目をぱちくりとさせた。
あやかの反応を見たゾロは、ただでさえ眉間に寄っていた皺をさらに深くさせる。

「…なんだ」
『い、いえ…』

あやかは咄嗟に視線を逸らした。

(絶対、反対すると思ってた…)

そんな事を言ったら、「じゃあ、反対だ」と言われそう。
そう判断したあやかは続く言葉を飲み込み、遠慮がちにゾロを見上げた。

『…本当に…いいの…?』
「いいっつってんだろ」
『…ありがとう!!』
「!」

正直、突然やってきたこの世界で頼れるのは彼らしかいなくて。
安堵したあやかが満面の笑みを向けると、ゾロはふいっと顔を背けた。
突然向けられた笑顔に戸惑ったからだ。

(さっきまで泣きそうな面してやがったくせに…)

すっかり元気になった様子でゆうな達と手を取り合って喜んでいるあやかを見つめて、自然と頬が緩んでいることにゾロは気づかない…。

「…おい、何ニヤついてんだ。行くぞ」
「あ?」
「ま、これも何かの縁だしな!!他の奴らにはちゃんと事情説明してやるからついて来いよ」

ウソップが頼もしく言う。
彼らの親切に3人は感謝の言葉を述べると、「こっちだよ」と先を案内するサンジの後についていった。







 
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