君といた軌跡T

□episode 6
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ローグタウン。

゙はじまりと終わりの町゙と人々は呼ぶ。
あの海賊王ゴールド・ロジャーが生まれ、処刑された地だった。

広いメインストリートの両側には、5〜6階建ての石とレンガ造りの建物が並んでいる。
一階部分は商店が軒を連ねるアーケードになっており、見世棚は品物で埋まり、道は人でごった返し、町は活気で溢れていた。

「ウ──ッ!でっけー町だ―!!ここから海賊時代は始まったのかぁ!!!」

通りの入口を飾る大アーチを仰いで、ルフィがわ〜っとバンザイした。

『随分、栄えた島だね』
「ええ、おっきいだけあって何でも揃うわよ」
『もう、さっきからワクワクが止まらないんですけど…!!✧』
「お前、はしゃぎすぎて迷子になんなよ」
『…え、それゾロが言うの?ねぇ、ゾロが言っちゃうの?』
「…よし、お前斬る」
『調子に乗ってすみませんでしたァ!!(汗)』

相変わらずなやり取りをしながら前を歩くゾロとまなを微笑ましく見つめながら街の中へと足を進める。
──と、先頭を歩いていたルフィが突然、キラキラと瞳を輝かせながら振り返った。

「よし!おれは死刑台を見てくる!!」

ルフィは目標とする海賊王と同じ地面を踏んだことに興奮して、いてもたってもいられないようだ。

『あっ、待ってルフィ!あたしも行く──っ!!』
「お、おい!まだ集合場所決めてねェぞ〜〜!!」

こんな広い町で行方不明になられると困ると思い、ウソップが慌てて叫ぶが時はすでに遅く…
ルフィとまなはもういない。

「ったく、しょうがないわね…」

どうやら全員、別行動ムードだ。

「じゃ、おれはこれから始まる大冒険のために装備集めに行ってくるかな…」
「おれは仕入れだ、いい食材が手に入りそうだからな」
(そして、これを機にゆうなちゃんと…♡)

くわえタバコでなにやら腹にイチモツ含んだ感じで笑った後、サンジが隣に立つゆうなを誘おうと視線を向ける。
すると、彼女もおれを見ていたのか思いきり目が合ってしまい、驚いたゆうなちゃんが慌てて視線を逸らした。

「ゆうなちゃん…?」
『……』
「どうかし──」
『か、買い出し!!』
「ん?」
『買い出し…私も一緒じゃ…ダメか?』
「…え」
『私とじゃ…イヤか?』
「!」
(…な、なんだ?この感じ…)

ゆうなちゃんって、こんな可愛かったっか?
いや、もともと美人だけどよ。
こんな──…

「これがギャップ萌えか…!!」
『ん?』
「…や、何でもねェ。じゃあ一緒に行くか」
『! う、うん…!!』

極力普通にしてても、滲み出る嬉しさは隠しきれないようで──
頷いた後に無意識に溢れた彼女の一瞬の笑顔が再びサンジの心をわし掴みにした。

(クソ可愛い…!!)

後方で一人、身悶えるサンジ。
そうとも知らずにすっかり落ち着きを取り戻したゆうなは、未だこの場に残るあやかとゾロとナミはどうするのかと訊ねた。

「ん〜…そうねぇ。私は洋服でも見に行くわ!!そろそろ新しいの調達しないと着るものがないし…あやか、一緒に行く?」
『うん!!行きた──』
「却下だ」

服はこっちに来る前に現世で大量買いしてたやつがあるけど、せっかくなんだからこっちの世界の洋服屋さんも見てみたい。
ナミからの誘いにはりきって返事をしようとして、その声はゾロの一言によってあっさりとかき消されてしまった。

『な…!?』
「こいつは、おれの買い物に付き合うことになってんだ」
『え…』
「あら、そうだったの?じゃあ仕方ないわね」
『…えっ、いや…』

そんな約束した覚えないんですけど…!!

ちらりとゾロに視線を向けると、ゾロが物凄くこちらを凝視していた。
てか、睨んでる!?

(洋服…すごく見に行きたかったけど…)

触らぬ神ならぬ、触らぬゾロに祟りなしということで、ナミには申し訳ないが私はゾロと一緒に回ることにした。

「行くぞ」
『あっ、うん』

あやかの手を取り、アーケード街の人混みの中に入っていくゾロ。
その背中を見つめ、サンジはやれやれとタバコの煙を吐いた。

「…あれで付き合ってねェのが不思議だな」
『いや…既に付き合ってるのかも』
「え!?」
『…知らないけど』
「嘘だろ!?マリモに先越された…!!」
『いや、知らないけどね』
「あんな筋肉バカに…!!チクショー!!」
『…人の話聞いてる?;』

余計な事を口走るんじゃなかったと、未だに嘆くサンジを見つめてゆうなは激しく後悔したのだった。








「……」

人混みの中を、すいすいと苦もなく歩いていくゾロ。
なにしろ、くたびれた襟なしシャツとハラマキに刀差し、左耳には三連ピアスといういでだちだ。
一見して、その筋の人間だとわかる。
ゾロにその気はなくても、善良な一般市民は怖がって道を開けてしまうだろう。

『…ねぇ』
「なんだ」
『私たち…約束なんかしてたっけ?』
「約束はしてねェ…が、今日はおれの買い物に付き合わせる予定だった」
『独断がすぎるよ』

勝手だなぁ…とは思うけど、ゾロは私と二人で街を回る事を考えてくれてたってことだよね…。
そう考えると、嬉しい気持ちも湧き上がってくる。

(服屋はゾロの買い物が終わってからつき合ってもらおう…)

そう決めた私は、ふと、今ゾロが向かっている目的地が気になって、前を歩くゾロに声を掛けた。

『…で、どこ行くの?』
「武器屋だ」
『武器屋?』
「言ってなかったか?おれァ、もともと三刀流なんだよ」
『そうなんだ…』
(言われてみれば…)

今、ゾロの腰に残されているのは一刀のみだ。
記憶しているゾロは三刀流の使い手だった。
じゃあ、あとの二本は──?
気になったが、その理由を聞いてもいいのか…あやかはすごく迷った。

ゾロはあまり自分のことを人に話さない。
人に詮索されるのは好きじゃないタイプだ。
話したくない事であれば尚更──…

「……」

考え込むあやかの隣で、ゾロもまた…
一刀になった時のことを思い返していた。

ゾロは、剣において敗北を喫したばかりだった。
名高い〈王下七武海〉のひとり、最強の剣豪〈鷹の目のミホーク〉に挑んだが全く歯が立たず、野望果たせぬまま二本の刀を砕かれた。

──それが敗北。

ゾロは、命懸けで培ってきた剣技もプライドもことごとく砕かれた。
あまりにも遠い頂点との壁を見せつけられ、敗北にまみれた犬死にの恐怖を味わった。

だが、ゾロは野望を諦めなかった。
むしろ野望を捨て、自分から眼を背けて生きることの方が怖かった。
ゾロはそういう男だ。

「オウ!今日は、あの化け物と一緒じゃねェんだな!!」
「『?』」

不意に、ガラの悪い声が雑踏から飛んだ。
物思いにふけっていたゾロとあやかは足を止め、辺りを見回す。
すると、通りの真ん中で海賊風の男が2人
女の行く手を塞いでいるのが見えた。
なにやら一悶着ありそうな気配だ。

「ウチの頭は、てめェらのせいで監獄行きよ!!どうしてくれるノ──っ!!」

剣を抜いた方のイガグリ頭のスキッ歯野郎が女に凄んでかかる。
もう1人は首が顎の肉に埋まった、デブのおさげ髪。
ふたりとも2メートルを超す巨漢だ。

「…まだ懲りないのなら、私がお相手しますけど」

女が言った。
凶暴そうな男2人を前にして、ずいぶん余裕のある立ち振る舞いだ。

「オゥ?おめーがおれ達の相手をしてくれるってか?」
「してもらおうじゃねェノ──っ!!」

おさげ髪が指の関節をボキボキ鳴らし、スキッ歯が舌なめずりをした。
女相手ということもあり、すっかりナメきった態度だ。

それを見たゾロは「チッ…」と舌打ちをした。
近頃は、ああいうバカが多くて困る。
何やら女と海賊の間に遺恨があるらしい──まわりには人垣ができていたが、海賊たちの迫力を前に女を助けようとする者はいない。

「死んで、あの化け物に伝えてくれよ!オウッ!!」
「おれ達ァ、あいつのせいで〈偉大なる航路〉へ入る夢も断たれちまったんだっつーノ──────っ!!!」

二人の海賊は剣を構えるなり、左右から横薙ぎに打ちかかった。

群衆が、どよめく…。
ゾロは反射的に刀に手をかけた。
──が、次の瞬間ゾロの動作が止まった。


ズバン!!!


一瞬の出来事だった。
2人の海賊がひっくり返って、まとめて斬り伏せられたのだ。

『え…』

女は抜刀していた。
抱えていた長い荷物は刀だったらしい…
だが、何よりゾロとあやかが目を見張ったのは彼女の抜きつけの迅さ。
海賊たちは先に抜刀して打ちかかったにもかかわらず、刃を合わせることなく倒された。

(助太刀無用だったな…)

ゾロは抜きかけた刀を鞘に戻した。

…あの女、いっぱしの剣士だ。
おそらく名のある師匠のもとで修練を積み、加えて実戦を重ねてきたに違いない。
女剣士は無表情のまま刀についた血を振り払う──と、その時

「きゃっ」

なにかに躓いたのか、女が思いがけずバランスを崩した。

「…お、おい危ねェ!!」

ゾロはびくっと身を引いた。
真剣を持った女が、フラフラしながらこっちに来るではないか。

「あ……と、と……いたっ!!」

どてっ!べたん!!

無責任にも刀を放り投げて、女が顔から地面にすっ転ぶ。
すると、きぃん!!と宙を舞った刀がゾロの鼻先を掠め、回転しながら地面に突き刺さった。

「……!!」

前言撤回。
刃物を持ったままフラつくとは剣士失格。
なんて危なっかしい女だ。


「わっはっはっは!!」
「強ェな、ねーちゃん!!」

真っ昼間の刃傷沙汰に、しんと静まり返っていた群衆から失笑がもれる。
巨漢二人を斬り伏せた太刀ゆきの冴えと、
トロくさく転んだ様子がアンバランスで…
その場の緊張が崩れていき、女剣士を褒め野次る声が飛ぶ。

そんな中「あ…あれ?………!!」と、女が座り込んだまま何やら地面を探し始めた。
その様子を見ていたゾロが自分の足元に落ちていた眼鏡に気づく。

女の物らしい…
転んだ拍子に外れたのか、どうやら近眼らしいが──
まったく危なっかしい。

「おい、これか?」
「あ…ごめんなさい!!ありがとうございますっ」

ゾロが眼鏡を拾ってぶっきらぼうに言うと、差し出された眼鏡を見て女はようやく落ち着いたのか…眼鏡を外した素顔をゾロに向けた。
──途端、

「!!」

ゾロの表情が一変した。
そのことに、近眼の女は気づかない。
頬を赤らめ、恥ずかしそうに眼鏡を受け取った女剣士にゾロは心を揺さぶられた。
昔日の、約束の記憶が脳裏に甦る──

(くいな…?)

『…ゾロ?』
「!」

あやかが声をかけると、ゾロはハッと我に返って立ち上がった。

「…行くぞ」
『え…で、でも…あっ、待ってよ!!』

足早にその場を去っていくゾロにあやかも慌ててついていく。

──が、どうにも先ほどからゾロの様子がおかしい。
もとからあまり会話の多いタイプではないが、さっきの女性に会ってからゾロは一言も言葉を発することなくずっと黙ったままだ。
加えて、どこかぼーっとしているようにも見える。

(さっきの女性(ヒト)…知り合いだったのかな…)

顔を見た途端、逃げるように去っていくなんて会いたくなかった人とか?
過去にゾロと何か関係を持っていた人とか──
考えれば考えるほど、嫌な方ばかりに想像してしまう。

そりゃあ、ゾロだってもう19歳だし…
女経験がまったくないなんて思ってないけど、

(…なんか、ヤダ)

胸がきゅっと締め付けられる気分。
嫉妬したってどうにもなんないのに──
しかめっ面とも泣きっ面ともつかない顔をして、ゾロの少し後ろをトボトボと歩く。
いつもなら、あやかの姿が視界から消えるとすぐに気付いて振り返るゾロも…今は先程の彼女のことを考えているのか、気づかぬまま距離がどんどん離れていく。

『……』

あやかはピタリと足を止めた。
このままゾロが自分に気づかなければ、一人になろうと思った。
けれど、やっぱり彼はタイミングよく振り返るのだ。
ゾロはいつの間にか開いていたあやかとの距離に驚きつつ、「どうした」と少し慌てた様子で駆け寄ってきた。

「気分でも悪いのか!?」
『…ううん』
「足が痛ェのか!?」
『…ううん』
「腹が減ったのか!?」
『…ううん』

どれも見当違いな心配だけど…
何だかゾロが必死なことが伝わってきて。
やっと自分を見てくれたような気がして。
そして、それがやけに嬉しくて。
少し戸惑った様子のゾロの胸元の服をぎゅっと握って「違うよ、バカ…」と小さく呟くと、あやかは勇気を出して気になっていたことを聞いてみた。
  
『…ねぇ』
「なんだ?」
『…さっきの人、ゾロの知り合いなの?』

訊ねると、ゾロは少し驚いたような表情で私を見た後「ああ…」と悲しげに苦笑をもらした。

「昔の親友に似てたんだ」
『…親友に?』

頷いたゾロは、どこか懐かしげな表情で空を仰ぐ。
そして教えてくれた。
ゾロとその娘が、互いに世界一の剣豪を目指すことを約束していたこと。
けれど、その翌日──彼女は階段を踏み外し、不幸にも亡くなってしまったことを。

『……』

いつも口数の少ないゾロが、とても寂しそうな目で一生懸命言葉を選ぶように話す。
今でもゾロにそんな顔をさせるくらい…
その娘はゾロにとって特別で──

『…大切な人なんだね』
「…ああ」

だが、別に惚れていたわけではない。
確かに"くいな"という存在は特別だったが、まだそういう年ごろではなかったし…。
だから「大切」といっても、そこをこいつに誤解されるのは困る。

「あいつはおれにとって…」
『……』
「大切な"親友"だ」

それ以上でも、それ以下でもねェ。

「それに──」

今おれが一番大切にしたい女はお前だ、と思わず言いそうになってゾロは慌てて言葉を呑み込んだ。
その様子を見て、あやかが「何?」と首を傾げる。

「…いや、何でもねェ」
『そう言われると余計気になる…』
「気にすんな」
『やだ、気になる』

だが、ゾロは「忘れろ」と言って強制的にこの話を終わらせると、すくい取るようにあやかの手を握って歩き出した。
その手の温かさに、あやかも自然と頬を緩ませる。

(ねぇ、ゾロ…私)

──ゾロが好きだよ。

繋いだ手を通して少しでも私の気持ちが伝わればいいのに。
そんなことを思いながら、私は握られた手を強く握り返した。




  
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