道慈 通常

□2日目
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【朝】ん…ふあぁ…ここは…?――っと、そうか。起きな、椿。まだ早いが…今日はやらねぇといけないことがいくつかある。――まずはこれだな(コロン、と小さな鉛玉が転がる)これを俺の所属する部署の連中に届けねぇといけない。



それって撃たれたときの?



ああ、これはな…華獣組が残した貴重な証拠だ。民間区域でのチャカ…じゃねぇ、拳銃の発砲…。これは検挙に値する立派な犯罪行為だ。この弾を鑑識に渡し、指紋なんかからDNAの照合をし、華獣組の人間と一致すれば、それがアシになるってぇわけだな。それでだ――。



…それで?



ああ、こいつを鑑識に渡さねぇといけねぇんだが、まあ、仮にも俺は鬼虎組の若頭張ってるわけだ。直接、サツと接触しているところを組の連中に見られると、如何に俺に権力があろうとも、後々、面倒事になる可能性はある。芽は小さい内に摘む、なんて言ったりもするがよ、ありゃ違ぇ…摘まねぇといけない芽なんざ生やすこたぁねぇんだ。



なら、私が届けにいこうか?



んで、どうするかってぇとよ。――ま、着いてきたら分かる。外出る準備しな、椿。今日は洒落た店でモーニングだ。金は俺が出すからよ。実はこの為に早起きしたんだ…ゆっくり化粧でもしてくると良い。



洒落た店か…とりあえず準備してくる!



――ん、準備が出来たみてぇだな。この弾はこれに仕舞っておいて、と…じゃあ行くか。車出すぜ――さて、この店だな。別に変な店じゃあねぇから安心しろ。普通の茶店だ。モーニングのチキンサンドが美味い…のは別にいいか。じゃ、入るぞ。



チキンサンド美味しいんだ…じゃあ、頼もうかな



そう言ってくれて嬉しいが…椿の食いたいもん食えばいいからな。…二人で頼む。「二名様ですね?お煙草は?」いや、吸わねぇ。それと…外が見える席が良いな。折角の朝食だからよ、気分良く食いてぇんだ。「窓際の席ですか?それでしたらこちらにどうぞ!」おう、我儘言ってすまねぇな、ありがとうよ。――さ、椿行くぜ。



うん!…タバコ吸わないんだね



今日は椿と一緒だからな。…ドンッ――!(目の前から通りかかる客と八馬の肩がぶつかる)…ってぇ…。ぶつかられちまったぜ…前くらい気を付けて欲しいモンだよな。……?ああ、もしかして、ガン飛ばしたりしねぇか心配だったのか?んな、三下みてぇなこたしねぇから安心しろ…鬼虎組はカタギのヤツに手出しはしねぇのが原則なんだよ。それ以前に俺は刑…いや外ではやめておくか。あとな?――



…あと?



(あいつは…鑑識班の一人だ。さっきぶつかった際に、例のブツを渡しておいた…。ここで落ち合うよう、昨晩に予め決めておいたんだ)――さ、一先ずは気にしないで良い…飯を食おうぜ。椿は何を食いてぇんだ?



(昨日の連絡はそれだったのか…凄いな…)…せっかくならチキンサンドにする!



…!チキンサンドか!そうか!それじゃ、頼んじまうか。――よし、注文は済んだな。実は俺はサンドイッチが好きでな…。なんせこんな身分だ…手で掴んで食える機能性ってぇのは、かなり助かるんだ。味のバリエーションも無限大でよぉ…野菜から肉まで何でもアリ。まさに食事界の暴君だぜ…サンドイッチはよ…っと、語っちまったな、ワリィな。



そんなに好きなら今度いろんなサンドイッチ作るね!



せっかくならよ、俺と一緒につくろうぜ椿。――お、飯が来たみてぇだな。このピリ辛タルタルタンドリーチキンサンドが、モーニングとは思えねぇボリュームでよ…ここに足を運ぶときは必ず頼むことにしてんだ……。椿も、少し食ってみるか?ほら…ここは外じゃあねぇから、手では食ってねぇし汚くねぇよ。――ほら、食ってみろ…///



じゃあ、いただきます



ん…美味いか椿?…はは♡良かったぜ。んぐ…ん……。偶にこうしてゆっくりと朝食を楽しめるってのは悪くねぇモンだよな。さっきみてぇにアシになりそうなブツを掴んだ時、こういう場所で飯を食ったりする体裁で受け渡したりするんだがよ…。貴重な平穏の時間に感じられてな…結構好きなんだよ。偶然とはいえ、椿と共有出来て良かったぜ。



たまにはこういう平和な時間も大事だもんね



ははっ、そう言ってくれるか…。何年ぶりか…久々に他の誰かと、素直な気分で談笑なんかしたぜ…。――鬼虎組への潜入捜査に名乗り出て以来、こんな日が来るだなんて思ってなかった。…まあ、なんだ。感情表現は得意な方じゃあなくてよ…これでもかなり喜んでるんだぜ?――ありがとよ。



お礼を言われることでもないよ



椿の為に笑顔の練習、しねぇとな。――んじゃ、そろそろ食い終わったよな?ここからが本番だ。椿…お前を鬼虎組に連れて行く。俺も若頭だからよ…面子がある。組のシマに着いたら、少し厳しく接するかも知れねぇが…分かってくれよ?



大丈夫!それくらいじゃへこたれないから!



すごいな、椿は…。さて――基本的に待ち合わせる場所は、シマから離れた場所にしてっからよ…車でも少し掛かる。ま、ゆっくりしててくれ。それか、途中でお前の家も通るからよ…外でも眺めて道でも覚えとくんだな。――ああ、そういえばなんだが。



何?



鬼虎組の傘下に加わるにあたって、だ。更には少し特殊なケースだが…俺の側近になる以上、お前にはこれからシマで暮らして貰う。必要な手続きは全てツテで終わらせといてやる。生活に入用でデカめのモノなら、これも揃えてやる。…正直、いつお前が完全に帰れるかは分からねぇ…。分かったか?



いいよ!それはそれで面白そうだし



ほんっと…怖ぇくらい物分かりが良いな…少しは我を見せてくれても良いんだぞ?つってもここは譲れねぇんだ。――選択肢がねぇ、ってのは窮屈な話だがな…。外を動く時も、俺か他の組員を一人は呼ぶようにしておけ。護衛みてぇなモンだな。注意はそんなモンか…シマに着いたぜ。降りな。



私を守ってくれるんだからそれ以上のわがままなんてないよ!



そうか…どうだ?夜に来た時とは雰囲気も随分と違うだろ?ギラギラした繁華街も、朝はこんなもんだ…栄えちゃいるが、変哲はねぇ。別にヤクザもんだけじゃなく、カタギの人間だって利用する…。案外、普通に過ごしてりゃ溶け込んでるモンなんだ。ははっ、もしかしたら、お前の近所にも、気づかないだけでそういう奴が住んでるかもな。



全く雰囲気が違うね



冗談だよ。真に受けんな。さ…ここだな。先日、面接したこのビルだ。…入る前はまさかヤクザもんの事務所だとは思わなかったろ?そういうもんなんだ…映画やドラマよろしく、如何にも和風の豪邸で着流し姿だったり、スキンヘッドでエナメルの靴履いてるだとか、んな分かりやすい感じじゃあねぇ。――おい!戻ったぞ!!(その場にいた全員がこちらに注目する)



…こうやって振り向かれるとちょっと怖いかも…



椿、怖けりゃ俺にくっついてろ。――おい!お前ら…この女は訳あって、俺が面倒を見ることになった!丁重に扱えよ?手ェ出したら承知はしねぇからな!「うっす!!!!」――よし…こっちだ、椿。



うん



――ふぅ。この部屋なら、何事もねぇ限りは、誰も入ってこねぇ…。一先ず椿の居住について決めねぇとな。お前の家が使えず、俺の目の届く範囲に置かなきゃなんねぇとなれば、まあ、この辺りに暮らして貰うことになるわけだが…。一応よ、一つ提案があるんだが、聞いてくれるか?



何?



俺と一緒に住んじまえよ。それが一番手っ取り早く、合理的だと判断したんだがよ…どうだ?別の組から見た『椿の価値』ってのは、単純に、鬼虎組に対する外交カードだ…もっと言えば、俺個人に対する、だがな。――俺を直接狙えば、相応の抵抗を受けるが、民間の女を一人捕えるのは楽…ってこった。居住を手配することも出来るが、正直、俺と一緒にいてくれた方が守りやすいってわけだな。どうだ?



確かに狙われたらあっという間に誘拐されたしな…邪魔にはならないのでよろしくお願いします!



そうか…反対は覚悟してたからよ、少し意外だぜ?――まあ、私情を交えるのであれば、俺がお前と過ごしてぇって気持ちもあったりはするんだが…。ま、それは良い。何れにしても、出来る範囲では椿の意思を尊重しつつ、お前を保護させて貰うぜ…。



ありがとう



今日中には少なくとも部屋は使える様にしてやる。よし、決まりだ。手続きは全て済ませておくから、安心しておけ。……っと、そういや、客人だってのによ…茶の一つも出してなかったな。今、茶を出させ――あ?「若頭ぁ!佐久間の奴が上納金を滞納してやがるみたいで!連れて参りました!」「かたじけねぇっす…若頭。ケジメはつけますんで…」あん?…そうか…佐久間は残れ。んで、お前は下がっとけ。「あい!後はたのんました…」椿は見てろ…。



…どうするの?



さて、佐久間ぁ…。「うっす…!」なぁ…。確かにヤクザもんってのはならずモンの集まりかも知れねぇ…でもよ、そんな社会でもルールってのはあるよなぁ。表で生きていけないのは仕方ねぇ…でも人の道すら外れちまうのはいけねぇなぁ…違うか?「その通りっす…」おう…話は分かるみてぇだな。お前は、ちゃんと落とし前ツける気はあっか?「うす…指でも手でも、何でも落としてくだせぇ…」――よく言った。



部外者の私が言うのはあれだけど、そんな痛いのはやめよう!? 他の方法にしよう!?



――んじゃあよ…。ここに女いんだろ?「うす…」有事の際に、コイツのお守り、頼むわ…。「…?へ…?それだけっすか…?」ああ、それで今回は見逃してやる。ただしヘマしたらよぉ…分かってんな…?「うっす!全力でその女、守らせていただきます!」椿、な?「うっす!椿、お守り致します!」……椿さん、だな。「うっす!椿さん!」…よし、今日はもう下がっても良い。「うっす!」



…それでよかったの?



――これが若頭としての俺の顔だ。怖かったか?…全員が全員じゃあねぇが、ヤクザになんて、なりたくてなるモンじゃあねぇ。ケジメなんつって、無為に身体削ぐ必要なんざねぇんだ…。そんな訳ありの連中にああやって接するのは心苦しいがよ…これが俺の仕事だ…責務は全うしねぇとな…。



そう思うと八馬さんが若頭でよかったかも



そう言ってくれるか…あんがとよ…。で、だ。基本的には俺がお前についていられるようにはするが…最悪の場合、あの佐久間って男も頼ってくれて良いからな。少しずつ組内のの人間にも、椿の顔が知れるようにしていかねぇとな…。この辺は追々だな…まずは俺自身が椿のことを深く知らねぇといけねぇ…。時々、プライベートで出掛けでもするか。



…いいの?



勿論だ。それにしても、楽しみか…?ははっ、そりゃあ良い♡色んな側面を見せてくれ。楽しんで貰わねぇと、素のお前が見えて来ねぇからな…。素のお前の行動傾向が見えれば、俺としても守りやすくなる…それに…俺はお前のこと、純粋にもっと知りてぇと思っちまってるんだよ…。



じゃあ、お互いにこれから知っていこうね!



ありがとうな。楽しみにしているぜ…。その時には俺から声を掛けさせて貰うからよ…付いてきてくれると嬉しいぜ。――さて…。俺はやらなきゃいけねぇことも結構あるからな…。それまで、椿にどうしていてもらうかってところだな。



何か手伝おうか?



取り敢えず俺の家まで送り届けておくことにするか…。まあ、それなりに防犯もしっかりしてるしな…見張りも付けておく。ここからならそんなに遠くもねぇしな…だから一先ず安心して俺の家で待っていることにしな。直ぐに車を出すぜ。



わかった!ご飯でも作りながら待ってるね!



【運転中】――ふぅ…慌ただしくてすまねぇな。なんでヤクザが存在するかってよ…それが金の周りに繋がるからなんだよな…。別に乱暴を働く為に徒党組んでるってわけじゃあねぇんだ。ただまあ…嫌なことを言っちまえば、世の中の根の深い部分には、違法な暴力に需要があるってこった。…まあ、何が言いてぇかっつーと、普通のサラリーマンが長々と働く様に、俺も働いてくるっつーわけだ。すまねぇな、暇にさせちまって。



大丈夫だよ!



ヤクザってのは、言い換えちまえば金を目的に動く暴力集団だ。有名な組のある代の総長は『ヤクザも正業を持て』っつー言葉を遺しているんだが…表社会との接点を適度に持つことが、一番、金回りが良いってことを理解してたんだろうな…。義理と人情の任侠映画みてぇな世界は現実的じゃねぇってこったな…――っと、つまらねぇ話をしちまったな。さ、着いたぜ。ここが俺の家だ。



ここなんだ…お邪魔します



広さだけが取り柄で何もねぇ家だが…。まあ、のんびり待っててくれ。夜には戻るようにする。家からは出ない様にな…。あとは…飯がねぇか。そこは後で佐久間を向かわせることにする。何が食いてぇとかあるか?



じゃあ、パスタが食べたい!



パスタか。買わせて向かわせるぞ。さて…じゃあ、俺は組に戻るからな…大人しく待ってろよ。――ピンポーン♪『うっす。椿さんですかい?ご飯お届けに上がりましたぜ…って何か、出前みたいすね』



ほんとだね(笑)ありがとう



「若頭からの命で参りました。本日は夜に若頭がお帰りになるまで、椿さんを守るように命じられたんでね。外で見張りをしているので。何かあれば仰ってくだせぇ。へへ…ケジメ、つけなきならねぇ所を、椿さんがいたから救われたわけです。出来る限りのことはさせて頂きますよ。いやぁ…若頭が八馬さんになってから、組の雰囲気が変わったんすよねぇ」



そうなんですね



「ん?気になりますかい?あの人が若頭になってから、組の雰囲気が全体的に落ち着いたんすよねぇ。厳しいお方なんですが優しい方ですぜ。あの時、ケジメをこんな形で済ませてくれたりもしましたが…前の頭じゃあ、考えられねぇ話ですよ…っと、余計な話が過ぎましたね。じゃあ、俺は外で変なヤツがいないか見張っているんで。そのお昼ご飯、冷めない内に食べてくだせぇ」



わかった!ありがとう
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