いつか書きたい小ネタ
◆こんな両手じゃ、
すこしだけ悲しそうな顔で、それでも笑って彼女は彼を見詰めた。
「…こんな所で、会いたくは無かったな」
そう彼女がだらりと苦無を持ったままの両手を下げると、彼、善法寺伊作は「どうして」と乾いた声でそう言った。
同い年のくのたまで、本が好きだという彼女は中在家長次を通じて六年と仲が良かった。
彼女はくのたまにしては珍しく、あまり悪戯をしない、物静かな女性だった。だからこそ、戦忍になると聞いた時は伊作も驚いたのだ。
卒業してからは疎遠になり、全く合わず、噂も聞かずで五年。医者となった伊作の名前もそこそこ知られるようになった、そんな時の事。
たまたま寄った町の近くで起きた戦争に、医者として見逃すわけにはいかないと出てきた結果がこれである。
「どうして、ここにいるんだい…?」
これは、悪名高い城と、それに反発した農民の一揆が引き起こした戦であるという。
城仕えの彼女が、どちら側にいるか、なんてものは愚問だ。
伊作は信じたくなかったのかもしれない。
あの彼女が、力を持たない女子供を殺し、「悪」に力を貸している、なんて。
「…善法寺。あなたには、見られたくなかったよ」
彼女は血にまみれた苦無を持ち、血にまみれた装束で、歪に笑って見せた。
「………ごめんね」
そう言い、伊作の制止も聞かずに彼女は走り去った。
いつの間にか戦は農民の負けで終わったらしい。所々で火が立ち上り、泣き声が赤黒い空に吸い込まれて、消えた。
こんな両手じゃ、
君をそこから引っ張る事もできないんだ。
+++++
自分は無力だと思っている伊作と、後戻りができないところまで来ちゃった主人公。
2014/02/06(Thu) 01:50
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