不死鳥の宿り木

□三枝
65ページ/89ページ


泉水に涙を混ぜる焔羅を見ていた翔が震え出した。


「おま…おま……それ…………」


焔羅はつかつかと楓に近づき、Tシャツから垂れている右腕を掴んだ。
そして泉水を乱暴にぶちまける。


「これで満足かよ!」

「黒凪お前それーーー!?そんな雑な使い方していいものじゃないだろーーー!」


翔の叫びは最もである。
不死鳥の涙を混ぜて「人魚の泉」こと「不死鳥の涙」の水は本当の意味で不死鳥の涙と同等の効果が得られるものになった。
こんなもの世界中の医療者が喉から手が出るほど欲しいに決まっている。

突然泉水をぶちまけられた楓は一瞬呆然としていたものの、すぐに異変に気づいた。
泉水が冷たい。冷たいと感じるということは、腕の感覚が戻っているということだ。


「………動く」

「治ったんですか!?!?」

「黒凪お前全部か?全部使ったのか?残りは?残りはないのか!?」

「朝霧先輩、あの、落ち着いて、」


楓に駆け寄った淳と、焔羅の肩を掴みぐわんぐわんと揺らす翔。カオスである。


「大丈夫です意外にそんな貴重なものじゃないので…」

「そんなわけねえだろ大事に使え!」


というかあのやりとりだけで焔羅が持っていた水がなんなのかがわかる翔は流石なのである。淳はついていけていない。


「これで全力で戦えますよ。言い訳は出来ませんね。あとこれ、顔拭いたらどうですか」


泉水を染み込ませたタオルを渡された楓が言われた通りに顔を拭くと、のこっていた火傷の痕が綺麗さっぱり消えた。


「ふ、全力でやらせてもらう」


元の男前に戻った楓が勝気な笑みを浮かべた。銀の前髪が湿って邪魔だったのか、楓は手で掻き上げた。
焔羅は心臓に悪かったのでタオルを奪い取った。


「会長が笑った……待ってどうしよう……最高……」

「鳴滝?」

「ライバル系先輩後輩カプ……」

「は?」


今度は淳がトリップした。


******



「いやーすごいの見ちゃったぜ」


昼休憩、翔についていた悠吾が怜馬と乙樹に合流した。翔、静樹、基俊の三人が一緒にお昼を食べているからだ。


「焔さんが泣いて滲の腕治した」

「ブッ」

「言葉の強さがやばいよ」


水分補給をしていた怜馬が噎せた。言い方も悪かった。
悠吾が詳しく事情を説明すると、怜馬も納得した。


「隊長が泣いたとかいきなり言うから修羅場かと思っただろ」

「修羅場?全く逆だ!」


二人にしか分からない遠回しのやり取りだった。だから楓はニヤニヤしてたし、焔羅はヤケクソだったのだ。


「てかあれなの?滲ってば気づいたの?」

「それどころか隊長も滲が気づいたことを察したらしい。水面下の戦いだった。いやーヒヤヒヤしたのに結局イチャついてるだけじゃん!」

「あっはは!面白すぎでしょ!」

「それにしても、不死鳥の涙ってほんとに存在したんだな」

「たぶん焔さんの涙だと効果が本来の不死鳥の涙より薄いみたいだ。泉水に混ぜて最強の治療薬を作り上げてた」

「そんで悠吾の護衛対象が悲鳴あげったってわけね」

「確実にそんな痴話喧嘩の末にヤケクソで作るシロモノじゃない」

「しかも作った理由が"本気で戦いたいから"なんだもんなあ」


三人揃って肩を竦めた。全くお騒がせである。
その後すれ違う人の中に隊員の気配を感じながら、何事もなく三人の食事を見届けた。





昼休憩も、何事もなく終わった。隊員からの報告もすべて異常なし。

気がかりはやはり、朱美が保護している二人の聴取だった。

.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ