不死鳥の宿り木

□三枝
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魔獣の群れは炎が焼き尽くした。残るは、元凶の一体。

叫びながら邪気に塗れた結界を展開する魔獣。本来は自身を守るために展開するものだが、強力な邪気を纏っているため触れるだけで命を奪う矛になっていた。
ぶわりと舞う邪気は、隊員たちの元に届く前に炎が焼き尽くした。
べちゃりと跳ねる穢れた液体はティアの結界が阻んだ。

上級魔術の連発に魔力切れを起こして撤退する隊員が出始めた頃、魔獣の動きがようやく止まった。
形が崩れ始めている。


『穢らわしい。まだ消えないのですか』


無表情でそう言い放ったティアのまわりから無数の水の刃が飛んでいく。
容赦なく魔獣の体を切り刻んだ。
バラバラになった体は、それでも再生していく。漂う邪気が魔獣の体を構成しているからだ。
魔獣を倒さねば邪気は晴れない。しかし邪気を晴らさねば魔獣を倒せない。
そんな悪循環になっていた。


「最初よりかは弱ってるが…存在が公害なのは変わらないな」


息を切らせながら怜馬が呟く。
そもそもこれほどの魔獣がいて街どころか学園の生徒や建物に被害がないのはティアの結界のおかげである。
なかったら今頃、学園の敷地は地面まで邪気でドロドロ、建物も同じことになっていただろう。

焔羅はその大きな翼を羽ばたかせ、迫り来る邪気を吹き飛ばしながら隊員たちを見遣った。


「……時間切れか」

『結界の再展開には時間がかかります。……間に合いません』


浄化の守りは展開に時間がかかる。結界が切れてから再展開するまでに邪気に侵されてしまうのだ。
隊員たちを守る結界が黒く染まっていた。邪気が、結界を侵食し終えるところだった。

朱美が苦い顔をした。


「早くしないとこの邪気でまた魔獣が生まれるわね」


朱美の魔力は闇属性。その特性は"侵食"である。
これは、扱いようによっては邪気ですら侵食は可能だ。しかし相当量の魔力と技術が必要になる。
すでに魔力切れ寸前であった。
朱美がその状態ということは。


「撤退準備!」


戦地で魔力切れを起こすことは、命に関わるのだ。
朱美の鋭い声が飛んだ。隊員たちは悔しそうな顔で魔術の発動をやめていく。


「ここから別の場所へ行った魔獣の討伐を頼む」


撤退を支援するように焔羅が隊員と魔獣の間に降り立った。
ヒノが上空で大きく羽ばたく。熱風が魔獣を包み込んだ。


「第四部隊の支援もしてくるわ。あとは任せたわよ、隊長」


魔獣に大きなダメージを与えた隊員たちは素早く撤退していった。


それを横目に見届けた焔羅は深く息を吐く。

燃えるような深紅の瞳が黒を纏う魔獣を見据えた。
紅い魔力が燃え上がるように増幅した。焔羅のまわりに漂う邪気が燃え上がった。溢れ出る不死鳥の魔力が、更に焔羅の体を変化させる。

髪は再び導火線のように伸び、深紅の炎が包む。
炎を纏った焔羅は口角を上げた。


「……ふふ」


その様子を見たヒノが呆れたような、苦い顔をした。


《お前、完全にイってるだろう……》


何が楽しいのか笑い出した焔羅はヒノのその言葉が聞こえていないようだ。
楽しそうに笑いながら大きく翼を広げると、複数の魔術を展開した。


「さて、どのくらいで消滅するかな」


その魔獣は理性というストッパーを完全に失った焔羅が、やりたい放題暴れるのに丁度いい獲物だった。

魔力に酔って暴走しだした焔羅に、ティアがぽつりとこぼす。


『この状態ですと、跡形もなく吹き飛ばしていただけそうですね』

《後で止めるのは我なんだぞ》


ティアはティアで同胞に擬態した魔獣に相当不快感を示していたので止める気がないようだ。
御先祖様は深くため息をついた。


焔羅が容赦なく降らした魔術の炎で、魔獣の姿は全く見えなくなっていた。



******


「あら、どこかでお会いしたかしらね」


その言葉に第四部隊隊長の涙(レイ)は眉をひそめた。
重要参考人が集められた結界の中へ入ってすぐのことだった。
貼り付けたような笑みを浮かべるその女に、涙はいつもの無表情で答える。


「……ああ、以前にも」

「私は別に挨拶をしているわけではないわ。分かるでしょう?」


イライラした様子で畳み掛けるように喋り出した女は、結界内を見渡した。


「こんな、下賎な人間と一緒の空間に何時までいればいいのかしら。一度ならず二度までも。はやくここから出してちょうだい」

「それに、息子はどこだ」


女の言葉に続くように男が涙につめよる。
その異様な空気に周りの人々が遠巻きに様子を伺う中、涙は至って淡々と言葉を紡いだ。


「宇津海さんのご子息は学園側が今治療にあたっている。試合で大怪我をしたからだ」

「そうよねぇ!あれだけ危険な試合をさせたんだもの。何故教師は止めなかったのかしら?あんな怪我をするまで!」


女ーーー宇津海有香(うつみありか)が声を張り上げた。
その言葉を聞いた周囲の人間がざわめき出す。


「たしかに、危険な試合だった」

「審判は仕事をしていたのか?」

「しかもこんな事件まで起きて。学園の運営はどうなってるんだ」

「生徒は全員避難したと言っていたが本当なんだろうな!?」


隊員に詰め寄り始める重要参考人たち。
満足気な顔で涙を見下したように見る宇津海夫妻。
しかし涙は表情ひとつ変えず、しかし全員に聞こえる声で告げた。


「ご自分の立場を分かっていらっしゃらないようだ。これ以上分を悪くするような発言は控えたほうがいい。……あなた方の息子さんから話は全て聞いている」

「………ッ」

「お望み通りにすぐここから出れるだろうな。……うちの焔(エン)を舐めない方がいい」


しん、と静まり返った結界内。
そこへ響いたのは、焔羅が魔獣を消滅させたという知らせだった。


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