不死鳥の宿り木

□三枝
80ページ/89ページ


【燃えた心の悲鳴】

******

ーーー……ら、……焔羅!

ドンッという衝撃が背中に響いた。息が詰まり思わず呻き声をあげて目を開けると、眼前に深い深紅の瞳。
巨大な鉤爪で体を掴まれ、のしかかられていた。


「……ヒノ?」

《この大馬鹿者》

「痛たたた、痛い!重い!」

《まっったく何時までも世話のかかる!》


ヒノが本来の姿のまま、焔羅の体を鉤爪で踏みつけて地面に墜落させたらしい。
そのままギリギリと鉤爪で締めあげられた焔羅は悲鳴をあげた。
当たり前だが相当な高さから突き落とされたので体中が痛い。
そういえば腹に穴も空いているんだった。

ヒノに怒られることはよくあるが、今までにないくらい怒っているのは焔羅にも分かった。


《未熟なくせに半端なことをするからこうなる!ディフェディアの結界と我の力が無ければ街が吹き飛んでいたぞ!反省しろ!》

「え、」


焔羅は小さく声を出して周囲を見渡した。


何も無かった。


魔獣の姿どころか、林も、噴水も、花壇も、まるで最初から何も無かったかのように消えていた。
その光景から目をそらす。


「いや、やばいのは分かってたんだよ……」

《分かっていてわざと魔力を暴走させたな?》

「ティアもいるし……」

『そうだろうとは思っておりました』


そう答えたティアの腕や顔が、焼け爛れていた。
深窓の女神ディフェディアの、あの強固な守りを意図も容易く破り、焔羅の高密度の魔力はティアの肌を焼いたのだ。
焔羅はその悲惨な姿に息を呑んだ。

そんな焔羅に畳み掛けるよう、地を這うような声でヒノが続ける。


《我はあれを正常な脳で判断したとはおもっていない。故にお前のしたことはただの暴走、考え無しの愚かな行動だ》

「…………」


巨大な怪鳥にのしかかられたまま叱責を食らい、黙り込む焔羅。
確かに、焔羅は自分があの時正常だったと胸を張っては言えない。

さすがにここまでブチ切れたヒノは初めて見た。
鋭い目で焔羅を睨みつける不死鳥と、縮こまる焔羅。その様子を少し困ったように見守るティア。

その静寂をやぶったのは、魔獣の消滅の知らせを聞き駆けつけた救護班だった。


「……どういう状況だ?」


焔羅の治療に駆けつけてこの状況を目撃した涙は流石に表情を変えた。
完全に捕食シーンだった。

あれは生きてるのか?助けるべきなのだろうか。いや、だとしてもあんな化け物みたいな鳥獣相手には無理である。


『陛下、差し出がましいかもしれませんが、私はとても清々しい思いにございます』

《………》


その眼光の鋭さに到着した第四部隊隊員たちが怯んだ。


《………言いたいことはまだあるが、まずは回復が先だな》


ヒノが炎に包まれると、焔羅の体から圧迫感が消えた。解放されたようだ。


「ゲホッゲホッ、」


血塗れで吐血し始めた焔羅に、隊員が血相を変えて駆け寄った。しかし涙が止める。


「魔力の流れがおかしい。魔術は使うな」


血管に不死鳥の魔力が流れているので異常を感じるのも当たり前だった。


《自己治癒させる。しばらく眠れる所を》


ヒノがいつものマラティアの姿で涙の肩に止まった。

焔羅は翼が大きく担架に寝かせることが出来ず、隊員が両側から肩を貸して立ち上がらせた。
すでに体の修復は始まっている。


「………ゲホッ、……犯人は」


掠れた声で焔羅が涙に問う。


「安心しろ、魔獣が消滅してすぐに第一部隊が確保した」

「……そう、か……ティア、少し休む」

《おい、まだ何かする気か》

「戦闘はしない。確かめたいことがある」


焔羅は肩を貸してくれた隊員二人にお礼を言うと、ティアの結界の中へと入っていった。


「…………四条副隊長が苦労するわけだ」


涙の呟きに答えたのはヒノの何度目かのため息だった。




******

焔羅の腹を貫いた犯人は、すでに邪気に侵されて会話ができる状態ではなかった。
恐らく魔獣が犯人の逃亡、潜伏を手伝っていたと思われるが、あんな邪気まみれの守りを受けていたのなら、こうなるのも当たり前だった。


「この人も駒ってわけね」

「魔獣ディフェディアが消滅したことで学園内の邪気も晴れました」

「とりあえず一般人の安全は確保されたかと」


邪気が晴れたことで魔獣たちは残らず消滅した。
人々の精神面も考えるとそろそろ解放した方が良いだろう。


「重要参考人以外の避難を解除しましょう」

『結界の統一化を行います。しかし、学園内からはまだ出ないでください』


犯人を治療する医務室にティアが現れた。
第一部隊の隊員たちは相変わらずタイミングの良いティアを見て、そして驚きの声をあげた。


「ティアさんどうしたのその火傷!」

『大したことはありません』

「…………焔羅くんね」


朱美の静かな声がその場に響いた。

そもそも朱美が撤退を指示した要因には焔羅の様子が異常だと判断したこともあった。
焔羅があの姿へと変わるに至ったのは、不死鳥の魔力が人間としての魔力を上回り、体を支配したことによる。

不死鳥の魔力の危険性は、想像するに容易い。
焔羅の表情はまるで必死に何かを我慢しているようなものだった。
「暴れ足りない」そう言うような。

隊員が撤退したことで自らストッパーを手放したのだろう。


『不死鳥さまが止めてくださいました。ご心配には及びません。……火傷については問題ないのですが、戦いの衝撃で結界の維持が困難になっております』

「だから統一化するのね」


今学園内の結界は数え切れないほど細分化されて設置されている。学園内には無数の結界の壁があると考えて良い。

それを一つに、つまり大きく学園のまわりを覆う結界だけにするということだ。


『そして結界内全員の体を浄化します。浄化が終わるまでは敷地内で過ごしてください』


なんと、敷地内にいるだけで体が浄化されるらしい。
おお、と隊員から感嘆の声が出た。


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ