不死鳥の宿り木

□三枝
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「…………ふぅん」

「何その顔」


興味深そうに声を出した御景に千景が声を潜めて訊ねた。まわりに生徒がいるためである。


昨日、闘技場から御景を回収した千景は、首を絞められながらもゴネる御景に負けて結局観客席で試合を見ていた。
今日の試合もどうせ突撃してくると諦め、関係者席を用意していたのだ。千景はそういうところあるなあとニヤニヤしていた御景の腹を殴ったのは言うまでもない。

そしてS級決勝戦の事件が起きた瞬間、問答無用で御景を体育館へ引きずり込んだ。文字通り余計な気を起こす前に羽交い締めにして引きずっていった。
体育館の床にへたりこんで咳き込んだ御景は、それでも自分を守ることに必死な千景の様子にご満悦であった。
その後避難して来た生徒とともに結界が解かれるまで体育館に居た二人だが、もちろん全く同じ顔、しかもあの元生徒会長がいることで注目を浴びていたので千景は優等生の仮面を顔に貼り付けていた。
御景に振り返った時の目が「妙な気を起こしたら殺す」と語っていたので御景も大人しくしていたのだった。

そして体育館から出た二人だが、千景の警戒はまだ解かれていない。当たり前である。あんな事があって、これだけの人が敷地内にいるのだから。


「いや、あれでも死なないのかと」

「ああ、彼?」


雅斗たちの会話は聞こえていた。焔羅が生きていることに関心したようだ。
千景は眉を潜めた。こいつあの子に完全に興味持ったな、と。


「どんな体なんだい?」

「……さあ」

「ますます面白い」


千景は楓から聞いた話を思い出した。
家の残骸すら残らないほど徹底的に燃やし尽くされた家族。
それでも生き残った、少年。


「……そりゃ、あの程度の怪我じゃ再生するよね」

「?何か言ったかい」

「いや、それよりもう少し緊張感を……あれ」


千景が何かに気づいて視線を移した。視線の先から、誰かが駆け寄ってくる。
双子を見つけて酷く安心した様子だ。


「良かった、無事みたいだな」


ふぅ、と息をついた少年は、双子と同じくらいの年齢に見えるが、どこか人間離れしたような神秘的な気配を持っていた。
少年に目を奪われ、ザワつく周囲。

彼は気配だけでなく、容姿も美しかった。

透き通るような翡翠の瞳、艷めくサファイアブルーの髪に、白い肌。芸術作品のような配置の顔。そして尖った長い耳。
通る人間がみんな目を奪われるような造形をしていた。

千景は驚いた様子でハニーブラウンの瞳でその翡翠を捉えた。


「翠蓮(すいれん)、なんでここに?」

「なんでって、事件の話聞いてすっ飛んできたんだよ……まあ千景がいるから大丈夫だとは思ってたが、気が気じゃなかった」

「はは、翠は優しいなあ。撫でてあげよう」

「恥ずかしいからやめてくれ」


頭を撫でようとした御景の手をやんわりと避ける翠蓮。


「翠の言う通り僕が引き摺って来たからなんともないよ。ありがとう」

「ああ、文字通りね。まだ色んなところが痛いさ」

「それに関しては御景の普段の行いが悪いな」


苦笑いした翠蓮にまわりの人間からため息が漏れたが、慣れているのか気づいていないのか、全く気にした様子はなかった。
双子の容姿も相まって、ちょっとした注目を浴びている。

しかしその注目も、次の瞬間には別のものへ変わっていた。


「蒼の仮面だ……」


ローブと仮面をつけた隊員が学園内の様子を見に来たようだ。
隊員たちと一緒に別の場所へ避難していた客たちが合流した。重要参考人たちも混じっている。

生徒たちに会わせろという要求をあっさりと呑んで連れてきたのは第四部隊隊長の涙だった。
重要参考人は重要参考人であって犯人ではない。拘束する権利はないのである。


「…………」


息子に再会して喜ぶ客たちを尻目に、涙は違和感を感じた。
普通の人間では無い気配。しかも、あの穂之瀬と親しそうに話している人物がいる。
あれは、誰だ。関係者リストにはいなかった。
穂之瀬の関係者で、なおかつ魔術祭を観戦しているなら情報が入ってきているはずである。あんな特徴的な人物を忘れるわけがない。

その場を他の隊員に任せ、涙は双子と翠蓮のもとへと足を向ける。
千景は鋭い目線で涙を射抜いたが、その後すぐに柔和な笑みを浮かべた。


「失礼、少しいいだろうか」

「こんにちは。先日はお騒がせしたようで申し訳ありません」

「……迷惑をかけたのはこちらだ」


眉を下げて告げる千景だが、涙は焔羅から彼の腹の中が真っ黒であることは聞いていた。単純に以前第三部隊の隊員が強引に千景を勧誘していた事への嫌味である。
涙はそれを軽く流して翠蓮と呼ばれていた少年に向き直る。小さく舌打ちが聞こえた気がしたが無視した。


「どうやってこの学園に入ってきたのだろうか」


不思議そうに首を傾げる翠蓮。涙の問いの意味が分かっていないようだ。
千景が翠蓮に耳打ちする。


「観戦客はみんな試合前に受付を通ってきてるんだよ。今は結界が張られていて学園には入れないはず」

「結界……?」


いや、さっき普通に入ってきましたけど……。

困惑したように告げる少年。
眉をひそめる涙。


「でも確かに、学園に入る時に不思議な気配がしたかもしれません。どこかで感じたことあるような……」


長い睫毛に縁取られた目を細めて、翠蓮はなんだっけな、と考え始めた。

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