不死鳥の宿り木

□三枝
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印のない人物が結界内に入ってきたとしたら、焔羅の契約聖獣が知らせてくるはずである。
この不思議な気配の少年は本当に分かっていないのか、それとも分かっていてとぼけているのか。

そこへ、第一部隊が合流した。参考人たちがここにいると聞いて様子を見に来たらしい。
朱美が涙の元へ歩いてくる。


「隊員の浄化が完了しました。ありがとうございました」


魔獣との戦闘の後だったので、隊員たちは念の為第四部隊に体を浄化してもらっていた。


「うちの隊の仕事だ。気にするな」

「…………あ」


小さく漏らされた声を朱美も涙も拾った。
振り返ると、透き通った翡翠の瞳が朱美を捉えていた。

朱美は首を傾げる。後ろにいるのは穂之瀬家の双子だ。この少年は見たところ知り合いのようだが、リストにはいない人物だ。つまり観戦客ではなく、受付を通らずに来ていることになる。そんなことがあればすぐにティアさんが知らせてくれるはず……。
思ったことは涙と同じだ。

しかし翠蓮は驚いた顔で朱美の仮面を見つめ、そして告げる。


「"魁(サキ)"さん……?」


それは朱美のコードネームだった。仮面をつけた状態で見分けがつくということは、確実に以前に会っている。


「ええそうだけど、どこかで会った、こと…………」


今度は朱美がまじまじと彼を見つめる番だった。
穂之瀬の双子は訝しげにやり取りを見ていたが、何かに気づいたように顔を見合わせている。

やがて朱美が目を見開いた。


「も、もしかして、あなた、翠(すい)くん!?」

「そうです!」

「大きくなってて気づかなかったわ!良かった元気そうで」


翠(すい)とは。翠蓮の過去の名前である。
正確には、"蒼の仮面繋がりの孤児院"に所属していた時につけられた名前。
彼は第一部隊に保護された孤児だった。
その時のことをよく覚えていて、朱美のことも忘れていなかったようだ。


「魔力を覚えていました。あと、隊長さんとティアさんも」


翠蓮は両親に悪質な見世物小屋に売られた過去がある。
そこから焔羅とティアが助け出したのだ。


「……そうね、もしかしたらティアさんもあなたのこと覚えてたんだわ」


その言葉に涙が合点が言ったというように「なるほど」と呟いた。
彼だから結界は弾かなかったのだ。ティアの知っている人物だったから。
そして知っている人物だったから、ティアは報告をしなかった……とも考えられるが、これについてはそうとも言いきれなかった。
いくら知っている人物だったとしてもティアの事だから予想外の乱入があったら報告するのではないかと思うのだ。
まだ疑問点は解消されない。


「今はもしかして……」

「ええ。穂之瀬家に引き取って頂きました」

「こんな美しい少年ほっとけないだろ?そりゃあもう可愛がっているよ」


御景が得意気に語る。
穂之瀬でいい扱いを受けているのは彼の顔を見れば分かる。


「誤解のないように言いますが、僕達も両親も、外面ではなく中身の美しさと能力を買っていますので」


決して顔採用じゃないと千景が補足した。

そして翠蓮は二人の発言に照れたのか少し俯いた。耳が真っ赤である。
朱美は微笑ましい光景に思わず笑顔になった。虐げられて寂しそうな顔をしていた少年はもういないようだ。

いたたまれないのか、話題を変えるように翠蓮が口を開いた。


「それで、隊長さんは……」


ふと、翠蓮がぴくりと反応した。
その瞬間、朱美のすぐ傍に結界が現れる。


「噂をすれば、ね」


ローブと仮面を身につけた、第一部隊隊長"焔(エン)"が結界の中から姿を現した。
続いて、ティアも。


「隊長、おかえりなさい」

「待たせてごめん、状況は?」

「生徒にも一般客にも邪気汚染で症状が出た人は今のところゼロ。討伐は成功ね」

「そうか。良かった……」

「あの」


翠蓮が眉間に皺を寄せた。


「ものすごい血の匂いがする」

「ああたぶんそれ俺のせいだけど、君は……」

「お久しぶりです。翠です」

「え、……え?」


驚いて固まった焔羅にティアが助け舟を出す。


『主、エルフの』

「分かってるけど!なんで!?」

「今は我が家の使用人なんですよ、焔隊長」


千景が眩しい笑顔で告げた。態とらしい呼び方だった。

焔羅は急な情報量の多さに脳内処理を始めた。
まず昔保護した孤児が何故かここに居て、しかも穂之瀬に引き取られた。穂之瀬の関係者ならリストにのってるはずなので焔羅が知らなかったということは観戦客ではない。
じゃあ何故結界内にいるのか。
結局焔羅も同じ疑問にたどり着いた。
焔羅はジト目でティアを見遣った。


「ティア」

『?同胞(はらから)は制限しておりません。報告の必要はないかと思ったのですが』

「え、先祖返りは聖獣枠なのか?」

『違うのですか?』

「まってこれ、やらかしたかもしれないぞ」


焔羅は頭を抱えた。

契約聖獣と契約主の"認識の違い"。
これは聖獣と契約している魔術師の課題とも言えるべきもので、小さなことから大きなことまで、それぞれ契約している聖獣によって様々である。
原因は"聖獣"と"人間"の種族差による価値観の違い。
聖獣では当たり前のことが、人間では全くないことだったり、その逆のこともあるのだ。
これらの認識の違いは聖獣と交流する中で徐々に無くしていくべき、最重要課題である。
認識の違いを抱えたまま戦闘を行うと、契約主の指示が契約聖獣に上手く伝わらず、連携が取れない事態が発生する。
認識の違いが多く、大きければ大きいほどだ。
焔羅は先祖返りなのと、昔から聖域で聖獣と過ごしていたため普通の人間よりは聖獣の価値観に触れていたが、それでも人間社会に生きていると齟齬が生じる。
それが今回大きな認識の差となってしまったようだ。

つまりどういうことかというと。
焔羅は"先祖返り(アタヴィズム)"を人間として認識している。
しかし聖獣であるティアは"先祖返り"を聖獣として認識していた。

焔羅は受付を通っていない人間、勝手に結界内に入ってきた人間を感知したらすぐ報告するように伝えていたが、聖獣はそれに含めなかった。
ティアは確かにその指示にしたがっていた。
そういうことである。


「そ、そうかティアにとってアタヴィズムは聖獣……」

『申し訳ございません、齟齬があったようです』

「いやこれは契約主の俺が悪い」


え、ということはティアは俺の事聖獣扱いしてたのか?
その疑問は今度考えることにした焔羅である。


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