不死鳥の宿り木

□三枝
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不意に、焔羅はずっと分からなかったもののピースがかちりとハマったような気がした。


「涙さん……」

「なんだ」

「昔なんですが、普通に聖域に出入りしてた時期があるんです」

「は?」


一瞬呆けた涙だったが、焔羅の言わんとしていることを一連の流れから察したようだ。

焔羅は幼い頃、聖域にいるヒノに会うために毎日のように聖域を訪れていた。聖域内に入り、聖獣たちと触れ合っていた。
そこで魔術を学び、不死鳥としての力を学んだ。
しかしある時期から、聖域に入ることが出来なくなった。聖域を覆う結界のせいだ。


「今思えばむしろ何故それまで"第四部隊の展開する結界に阻まれなかった"のか」


聖域のまわりには、人間が誤って入り込んで魔獣に襲われるのを防ぐために第四部隊が結界を張っている。
許された者しか入れないようになっているのだ。
それなのに幼い焔羅は普通に聖域を出入りしていたのである。


「制限結界の"認識"か」

「そうです。あの制限結界、"聖獣は通り抜けられる"。つまりあの時の俺は、"聖獣"だったんです」


先祖返りである焔羅は、先祖の聖獣の血を濃く受け継ぎ、人間と聖獣両方の性質を持ち合わせている。
今でこそ人間としても体が成熟し始めたが、幼い頃は不死鳥としての魔力や能力の成熟のほうが早かった。
結界はそんな焔羅を"聖獣"と認識したのだ。
ヒノが昔、結界を通れるのは今だけだと言っていたのはそのためだ。
焔羅が成長して、人間としても成長しはじめたとき、結界は焔羅を"人間"と認識し、弾いたのだ。


「今回の聖域内での聖獣虐殺、もしかすると……」

「先祖返りが犯人の可能性がある、か」

「それも幼い先祖返りです。自分の意思ではないかもしれない」


話を聞いていた朱美は本部に連絡を入れ始めた。
"行方不明の先祖返りの資料"を、手に入れるためである。

バタバタと動き出した隊員たちを横目に、焔羅は翠蓮に向き直った。

翠蓮は、親に見世物小屋に売られ、不法に捕まえられた聖獣たちと一緒に檻に押し込められていた。
その違法な見世物小屋の捜索にあたったのは焔羅率いる第一部隊だ。焔羅と隊員が見世物小屋の聖獣たちを無事に逃がし、焔羅が関係者を全てボコボコにし、事件は幕を下ろした。
その時保護された翠蓮は、身寄りがなかったため蒼の仮面関係の孤児院へ送られたのだ。
先祖返りなど、特殊な孤児を保護する機関である。

そこで育ったあと、穂之瀬家に引き取られたというわけだ。


「元気だったか?」

「お陰様で。ほむ………えと、隊長さんは、怪我してるんですか?」


血塗れの服はローブに隠れているが、彼の鼻には噎せ返る血の匂いが届いているようだ。


「ちょっとね。まあ、ほら前にも話したと思うけどこれくらいならすぐ治るから」

「翠蓮も怪我の治りが早いほうだからな。先祖返りはみんなそうなのかい?」


御景が興味津々とばかりに会話に割り込んできた。隣で千景がため息をついている。


「まあ、先祖にもよりますが、大抵は普通の人間よりは丈夫ですよ。彼の先祖は身体能力も高いですね」


翠蓮は、エルフの先祖返りである。その容姿の端麗さはエルフ譲りだ。

そこまで聞いた御景が声を潜めた。

隊員同士で会話を始めるとティアが認識阻害の術をかけてくれるのだが、それに気づいたうえでの行動だった。


「君もだろ?決勝戦は見ていた」

「……俺は特に異常なんですよ」

「へえ?先祖を聞いても?」

「御景、いい加減にしなよ」

「どうしてだい、千景も気になるだろう?……ああ、既に知っているのか」

「…………」


あれ、と焔羅は思った。千景に先祖の聖獣の話はしていない。

隊員たちがバタバタし始めたことと、穂之瀬の双子と話し込んでいることで周囲が何かを感じ取ったようだ。
なんだなんだ、とキョロキョロし始める人々。

体育館横の広場には、一般客と生徒たち、そして隊員が入り交じり異様な空気感になっていた。
先程から隊員を捕まえては早く出せと要求してくる人が出てきている。事件後の緊張感が抜けてきたようだ。


涙が一般客たちの対応をしている隊員たちの様子を見ていたとき、苛立った様子で近づく人がいた。この空気に乗じてなのか、タイミングが物凄く悪い。

傍にいた焔羅はその気配を感じた瞬間、全身の血が沸騰したかのような感覚に陥った。
ティアが焔羅の一歩前に出た。


「ちょっと!さっきから言ってるわよね、息子はどこかって」

「……宇津海晋司さんなら治療中だと何度も申しあげていますが」

「あなたたちのところなんか信用できないわ息子を返しなさい。うちの医者に見せた方がいいに決まってる」

「あんな危ない試合をさせるような組織だ、どうせ治療も杜撰なんだろう」


あくまで蒼の仮面と学園側を悪者にしたいらしいその夫婦は、まわりに聞こえる大きな声で抗議を続ける。
結界内にずっと閉じ込められているような感覚の人々の苛立ちを煽るように。


「早く晋司に会わせてちょうだい」


息子を持つ母親の、同情を誘うように。
人々のストレスが隊員たちに向き始めた、その瞬間だった。
ドゴン、という鈍い音が響き渡った。


「……うるせえぞ」


それは、長谷川祐二が広場に置いてあったベンチを苛立ちをぶつけるように蹴りあげた音だった。
しん、と静まり返るその場。
祐二は宇津海夫婦を睨みつけながら告げる。


「よくもまあいけしゃあしゃあと綺麗事抜かしやがる。それで?あいつが帰ってきたら言うんだろ?"この役立たず"ってな」

「なっ、何を……」

「あいつがなんで準決勝であんなボロボロにやられたのか分かるか?"わざと"だよ"わざと"」

「なんなんだ君は!」

「息子を返せだ?そんな大事な息子に"学友を殺せ"なんて言う親がどこにいんだよ!」


一気に騒がしくなる人々。
涙はため息をついた。

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