不死鳥の宿り木
□三枝
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「長谷川先輩がまた暴れてる……」
遠巻きに見る生徒たち。
裕二の学園の生徒からの評判はそういうものだった。
誰も止める人がいないまま、裕二はイラついた様子で宇津海夫妻に迫る。
「全部あいつから聞いてるぜ。決勝戦で見せしめに殺せって命令してたんだろ?圭を人質にしてな」
「そんなデタラメを吹聴するつもりなら名誉毀損で訴えるわよ」
「君、名前は?今後のために覚えておこう」
「ハッ、都合の悪いことは全部握りつぶすのかよ。これだから貴族は」
ギリッと宇津海有香は歯を食いしばった。
有香はイライラが限界だった。
計画は計画通りに進まない。根回しした協力者たちは次々に消えていき、雇った下僕たちも行方不明。
一番根回しに苦労した審判もいなくなるし、あげく使えない息子は準決勝で負けた。
念には念をと用意しておいた切り札も、何故か知らない生徒が身代わりになり。
しかも知らないうちに何故か蒼の仮面が厳戒態勢をとっていた。例年の魔術祭ではこんなに蒼の仮面がいることはなかったのに。
おかげで逃げることも、他に擦り付けることも出来ない。
いつもならこんなガキ論破して逆に貶めてやるのに!
権力で言いなりになる長谷川の両親とは裏腹に、その息子は反抗的であることは知っていた。高々ガキが騒いでいるだけだと放置していたが、こうなるなら最初から黙らせていれば良かったのだ。
苛立ちを顔に出さないようにしながら何か策はないかと周囲を探る。
ふと、異様な空気感に気がついた。
周囲の人間は、どちらかと言うと、あの長谷川の息子のことを遠巻きに見ているのではないだろうか。
有香にとって嬉しい誤算であった。
長谷川裕二はトラブルメーカーとして有名で、学園では評判が良くない。
この状況で裕二の言葉を信じる生徒は居なかったのである。
さらには蒼の仮面も様子を見ている。
第四部隊の隊長が晋司から何か聞いたと言っていたが様子見をしているということはまだ確信には至っていないのだろう。
「……思い出したわ。あなた、長谷川くんね?息子から聞いてるわ。この学園でよく問題を起こしている生徒だと」
「あ"?」
裕二は鬼の形相で有香を睨みつけた。
有香はそれに気を良くする。
「魔力異能者の弟がいるとか。彼は必死に頑張っているのに、お兄さんがこれではうかばれないわ」
「……ッぇが!よりによっててめえがそれを言うのか!!」
ぶわっと突風が吹いた。黒い魔力の渦が裕二を取り囲む。
怒りによる魔力の増幅。明確な攻撃の意思。
ザワつく生徒たち。動き出す蒼の仮面。
狙い通りの展開に有香は薄く笑った。
あのガキがこちらを攻撃すれば、蒼の仮面は動かざるをえないし、完全に向こうが悪者だ。
混乱に乗じて学園の外にいる駒に身代わりになってもらおう。
裕二が夫婦に向けて闇の魔力を放った。蒼の仮面が裕二を抑えに走る。
そして、近くの隊員が夫婦を守るために魔術を放つよりも早く、目の前に人影が現れた。
涼しい顔で防御壁を展開し、裕二の魔力を消し去ったのは。
「……お前、自分が何をしたのか分かってるのか」
「……晋司」
夫婦を守ったのは他でもない、息子の晋司だった。晋司は母親の言葉には反応せず、隊員に腕を取られた状態の裕二をまっすぐに見て告げる。
「挑発に乗るな」
「…………ックソ!!!」
裕二は苦渋を飲んだような表情で悪態をついた。
「晋司……!怪我は大丈夫なの?」
有香のその声を聞いた瞬間、やり取りを見ていた朱美が走り出した。
晋司の手に、ナイフが握られていたからだ。
「晋司くん、止まりなさい!」
「ッティア!」
バチィッと音をたてて、振りかぶられたナイフが晋司の手を離れた。
焔羅の声を聞く前に、ティアの結界が夫婦を守ったのだ。
飛んできたナイフを朱美が回収し、いつでも晋司の元へ駆け出せるように体勢を低くする。
晋司は痛みに腕を抑え、俯く。
夫婦は、突然の息子の暴挙に呆然としていた。
裕二の笑い声が静寂を破った。
「は、はははははは!一番頭がイッてんのはてめえか!」
「うるさい!お前がやる必要はないと言ってるんだ!」
「晋司……あなた……」
晋司は、恨みのこもった目で自分の母親を睨みつけた。
そして、地を這うような声を、喉から絞り出すように。
「黒凪と同じ痛みを味わえ」
淡々と。
「腹に大穴を開けて」
淡々と。
「地面を這いずればいい」
誰も、その場から動けなかった。
晋司の怒りは重くその場にいた人間に伸し掛るようで、息をするのさえも躊躇われる。
涙は晋司のその様子を見て、焔羅を横目に見る。
焔羅は無表情で晋司の動向を観察しているような、そんな雰囲気であった。
勘弁してくれ。
涙の心境はそれに尽きる。修羅場である。
「宇津海先輩」
凛とした声がした。この重い空気を破る声だ。
「まだ安静にと言われてましたよね」
「天蒼、なぜ来た」
「あんな人殺しそうな目で出ていかれたら追いかけるに決まってる」
案の定だった、と楓が肩を竦めた。
ともに救護室で治療を受けていたらしい楓は、晋司が治療中に出ていったことが気になり追いかけてきたらしい。
「……お前だって同じ気持ちのはずだ」
「そうですね。でも本人が判断すべきだ」
「なんなんだ、なんなんだ!晋司、まさかお前本当に、殺そうとしたのか!親を!」
会話を遮るように、晋司の父親が声をあげた。
無表情で成り行きを見守っていた焔羅が、その声を聞いて一歩、足を前に出した。
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