不死鳥の宿り木

□三枝
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晋司の父親である啓司は、顔を真っ赤にして怒鳴る。


「決勝戦のあれも!お前が仕組んだのか!準決勝で負けたから!」


母親の有香がそれに乗るように眉を吊り上げた。


「あの長谷川くんとグルね!それで私たちに罪を擦り付けて、口封じに……」


焔羅は騒ぐ夫婦の声を聞きながらスタスタと歩く。
ドクドクと心臓の音が聞こえる。焦燥感に汗が伝う。

誰もが息子を犯罪者に仕立て上げる両親の言葉に注目している。


「まさか村で起きた事件もあなたなの!?」


しかし焔羅は感じていた。
とてつもない怒りを。殺意を。炎の熱さを。
ティアはハッとして空を仰いだ。


「領土内の村民の家が突然燃えたのも、あなただったのね!」


有香のその言葉が発せられた時には、焔羅は夫婦の前に立っていた。
いつの間に。その場にいる人間、そしてもちろん夫婦も驚いて言葉を止める。
しかし焔羅はそれを気にもとめず、大きく口を開いた。
バサリ、と背中から翼が広がる。


「止めろ!!!ヒノ!!!」


喉が枯れるほどの大声で叫び、弾丸のように空へ飛び上がった。
瞬間、赤い彗星のようなものとぶつかる。
衝撃で学園を覆う結界にヒビが入った。
焔羅はぶつかった衝撃のまま、勢いを落とさずに人々の後方へと、その彗星を巻き込んで落ちていく。


「焔(エン)……、おい!!」


何が起こったのか理解出来ない人々。そしていち早く状況を飲み込んだ楓が走り出す。
激しく言い争う声、ぶつかり合う音が響く。


《何故止めた!?お前もあやつらをズタズタにしてやりたい癖に!》

「ヒノが!ヒノがそれをやるのか!?火の鳥という聖獣が!!それを!!」


怒り狂った不死鳥を、焔羅は力ずくで押さえ付けた。

普通の人間にはとてもじゃないが近づけないだろう。
楓はどうすることも出来ずにその光景を見守っている。


《我の愛した人間の残した子たちを、我が愛する人の子を、侮辱し、苦しめ、凄惨に奪ったのだ!それだけでは飽き足らず、自分の息子まで陥れようとしている!どうしようも無い、殺めてやるのが親切だろう!》

「ああ、ああ、同意見だよ!だけど!!」


不死鳥の翼を地面に縫いつけた焔羅が、一瞬でその拘束を破られ地面に叩きつけられた。


「ぐッ……ヒノがやったら、だめだ……!」

《じゃあお前がやるのか!?》

「それが出来たらどんなにいいか!」


起き上がった焔羅は不死鳥に飛びかかる。大きな翼で殴られ、横にぶっ飛ばされそうになっても、焔羅はヒノの体にしがみついた。


《ならば我が手を下さねば気がすまない!この先千年、いや、一生、怒りがおさまらない。地獄の業火で焼かれる苦しみを味わわせなければ、》

「人間と!!縁を結ぶ聖獣が!!人間に手を下すことが!!あってなるものか!!父さんと母さんを殺した奴らと一緒にならないでくれ!!」

《……っ》

「お願いだ、ヒノ」


心臓が張り裂けるような、悲鳴をあげるような声で焔羅が告げた。


「俺だって殺してやりたい……!」


ヒノの胸元に顔を埋めた焔羅は、拳を握りしめた。
そのままドン、ドン、と拳を振り下ろす。
縋り付くようだった。


「ヒノまでいなくなったら、本当に独りになってしまう」


くぐもった声でぽつりと零された言葉は、楓にも届いていた。

理由がどうであれ、人を殺した聖獣がどうなるのか、少し考えれば分かることだ。
ましてやそれが、聖獣たちの頂点に立つ存在だったら、聖獣という存在そのものが危うくなってしまう。


《……穂花(ほのか)は言っていた。人間とは、自分の利益のために同じ人間を殺す生き物だと》

「…………」

《何千年たっても、変わらぬものだな………頭を冷やす》


悲しげに呟いた不死鳥は、縋り付く焔羅を翼で覆ったあと、静かに姿を消した。


「………ごめん、ヒノ」

「……大丈夫か?」


話しかけた楓に、焔羅は振り返った。
仮面も、ローブも、ボロボロで機能していない。
それらを無造作に投げ捨てた焔羅は楓に薄く微笑みかけた後、宇津海夫妻に赤い瞳を向けた。

危うく地獄のような目にあうところだった二人は、焔羅のおかげで助かったことを理解したらしい。
歩いて行く焔羅に外面のいい顔を向けて。そして。

深紅の瞳に、気がついた。


「その目……!」

「意外だ、覚えてるんだな」

「あの時、あの時、やっと!殺したと思っていたのに!」


狂ったように叫び出した。その内容に、固唾を飲んで見守っていた周囲の人々が息を呑む音が聞こえた。

焔羅は強く奥歯を噛んだ。それに構わず悔しそうな有香の声が響く。


「何故!まだ!生きているの!家ごと燃やしてやったのに!やっと殺してやったと思ったのに!お前を生んだ、忌腹の母親と共に!」


震える拳を握る。耐えろ。


「崖から突き落としても!ナイフで切っても!腹を切り裂いて内臓を剥ぎ取っても!!!灰になるまで燃やしても!!なんで!!死なないんだよ化け物が!!!」


別人のような形相で捲し立てる有香。今にも殴りかかりそうな勢いに、隊員が後ろから体を抑えた。抑えられて尚、焔羅に向かって身を乗り出す。
晋司が顔を歪めて俯いた。


「何故!何故何故何故何故!!!三人とも!灰にしてやったのに!!」


怒り叫ぶ有香の言葉に、焔羅は怒りと殺意で震える声を絞り出した。


「四人だ。………母さんのお腹には妹がいた」


ヒュッと、息を呑む音がした。

しかし有香は悪魔に取り憑かれたように叫び続ける。


「あの忌腹、子供が産めなくなったかと思ったらまた作ってたのね!!殺して正解だわ!化け物が増えずに済んだ!」


焔羅は怒りで焼かれそうな心を必死で保つ。
手を出してはだめだ。ヒノを止めたクセに。


「あんたみたいな悪魔の子!産んだのがアイツらの運の尽きね!」

『その醜い口を縫い付けてあげましょうか?』


ティアの氷点下の声に有香がハッとした。第一部隊は、すでに夫妻を取り押さえる体勢だった。
炎が燃え盛るような赤い瞳で夫妻を睨みつけた焔羅は、怒りを抑えるように、自分の腕をギリギリと握り込む。
楓が思わず焔羅の肩に触れた。その時。


「まあまあ、随分と大きな声の自白ですこと」

「総員、その場を動かないようにね」


この場に似つかわしくない、至極柔らかい声がした。
声とは裏腹に少しも笑っていない総司令官と副司令官は、焔羅と有香の間に立った。
"蒼の仮面"トップ2が、苗崎に連れられてその場に現れたのだ。

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