不死鳥の宿り木

□三枝
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ティアによって強制離脱させられた楓は、次の瞬間救護室内に立っていた。
ティアの結界は本当に万能である。

救護室内にたどり着いた楓は、その場に棒立ちになっていた。

決勝戦に、神級魔獣討伐。度重なる魔力消費と激しい戦いに、気が抜けたら膝を着きそうな疲労感だ。


「…………」


しかし、楓がその場に呆然と立っている理由は、疲労感ではなかった。

爛々と赤く揺らめく瞳。溢れる魔力と、それに呼応するように羽ばたく翼。
気遣わしげに触れられた手の感触。
耳元で囁く声。
そして。


「……わら、った」


転移の間際、楓を安心させるように柔らかく微笑んだ焔羅の表情が、戦いの興奮が冷めない楓の心に突き刺さった。
それはもう、深く。抉るように。

楓が顔を手で覆って深呼吸をしていると、足音が近づいてきた。


「……楓ちゃん?いつの間にここに…………何その乙女を一瞬で落としそうな顔」

「ラベンダーさん……」


楓は、自分が人に見せられない表情をしていることを自覚していた。


「は〜〜っ!くそ真面目生徒会長と思わせてさては青春ね!誰よそんな顔させたのは!」

「いや……」

「しかもなんでそれを本人に見せないのよ!」


もぅ!と腕を組んだラベンダーは、それより、と楓の体を上から下まで観察し始めた。


「全身傷だらけね。激しい魔力消費と体力消耗。他に症状ある?」

「頭痛が…たぶん、邪気汚染かと」

「邪気汚染ね……私は専門外だわ。まあ、重傷者に変わりないからそこのベッドに座りなさい」


言われた通りにベッドに進んでいくと、途中のベッドに人影があった。


「あっ、会長」

「……天蒼」


明らかに治療中です、といった風貌の晋司と、その隣に寄り添う圭だった。
晋司の怪我は焔羅との試合のものだ。まだ治療中だったらしい。

晋司は気まずそうに楓から目を逸らした。

その反応に、楓は急激に頭が冷えていく感覚がした。


「宇津海先輩」


気づけば口から言葉が零れていた。
晋司はその声に、今度は目を逸らさずに楓を捉える。
何を言われても受け入れる、とでも言いたげな顔だった。


「黒凪を決勝戦に進める判断は、被害を最小限にするという点では正しい判断だと思っています。黒凪ですら受けたあの弾丸を防げたとは思えません。受けたのが宇津海先輩だったら。俺だったら。助からなかったでしょう」

「…………」


晋司は黙って楓を見ている。圭は二人の会話を聴きながら、晋司の袖をギュッと掴んだ。


「"蒼の仮面"の隊員、そして天蒼の血をひく者としては。先輩は最善の判断をしたと、分かっています」


晋司の目に、後ろめたい色が浮かんでいる。
楓は、震える手を握りしめた。


「分かって、いるが……ッ」

「楓ちゃん……」

「俺は、危険な目にあうとわかっていて、決勝戦に黒凪を放り込んだ貴方を……許せそうにない」

「……っ」


大事な人が目の前で血だらけで倒れる様が、目に焼き付いて離れない。
大事な人の血液が降り注いだ感触を、忘れることが出来ない。


「頭では分かっている」


楓はギリッと歯を食いしばった。
怒りよりも、楓を支配するのは、悔しさだった。

悔しい。
ものすごく悔しい。

焔羅は、自分を庇ったのだ。

守られなければ、自分は死んでいたのだ。


「一番許せないのは自分だ……!俺が防御出来ていればあんなことにはならなかった!」

「それは違うぞ天蒼!そもそも俺が黒凪に全てをーーー」

「不毛だからやめなさい!!もう!!」


傷が開くであろうレベルで興奮し始めた重傷者二人にラベンダーが保冷バッグを投げつけた。愛の鞭である。

この問答は正しく不毛である。正しい判断である事と、でも納得出来ないという思いは同時に発生しうる。
そしてあの時自分がこうだったら、もしこうしていれば、という考えも今悩んでいてもしょうがないことなのだ。
そして晋司もそれを分かっているし、やりたくなくてもそうしなければならない時もある。
楓は焔羅が大事だった。
しかし晋司は、圭が大事だった。

二人とも、頭ではお互いに譲れないものがあることを分かっていた。
頭では。
そう、気持ちは別。


「二人とも頭良いんだから分かってんでしょ?無駄な討論だって。それ以上やってもだれも幸せにならないわ」

「はい……」

「頭では……」

「さっきもそれ言ってたわよ。……まあ、分かっててもやり切れない気持ちもあるわよね」


ラベンダーは肩を竦める。二人とも被害者だ。

フラフラとベッドに倒れ込むように座った楓は、聞いたことないような弱った声を零した。


「大事な人間を目の前で喪う感覚が、あんなに、」


その先は口にせず、深く息を吐いた。
もう二度と経験したくないと思った。


「……大丈夫?」


圭が晋司を気遣ってペタペタと腕に触れる。
晋司は黙ったままだ。

しばらく無言の時間が続いた。救護室とは本来そういうものなので、楓も大人しく治療を受けた。

ふと、ラベンダーは楓の傷口を洗浄しながら、晋司を横目で見遣る。


「……晋司ちゃん?」

「はい」

「なんか、目据わってない?え?さっきより精神状態が……」


楓もさすがに顔を上げた。


「宇津海先輩?」

「……すみません、ラベンダーさん」


傷口を魔術で塞いだだけの重傷者が、やばい目でベッドから降りようとしている。


「ちょ、ちょ、ちょっと待っ、宇津海晋司ィ!!待てっつってんだろ!!」

「シンくん?」


ラベンダーの叫びも虚しく、晋司は驚くべき速さでその場から消えた。
何が起こったのか分からない圭は、ただ晋司の名前を呼んだが、晋司が消えたことは分かったらしい。
キョロキョロと虚空を見回し、ふるふると震えはじめた。


「あ、あの………」

「おい、長谷川……」

「あんのドアホがァ!まぁた余計なこと考えとん!!」


今にも追いかけて後ろから飛び蹴りをかましそうな勢いで怒り出した圭をラベンダーが宥める。
楓は焦りながら立ち上がった。

宇津海先輩を追いかけないとやばい。

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