不死鳥の宿り木

□三枝
89ページ/89ページ


【冷たい蒼】


真っ赤になった頭の中で、人の声がくぐもって聞こえる。
怒り、悲しみ、苦しみ、色んな感情が暴れ回り、体から飛び出そうとしていた。心が燃えてしまいそうだ。
焔羅はそれらを必死に抑え込む。ギリギリと、左腕に鉤爪を立てて。

ひたり、と肩に冷たいものが触れた。焔羅はハッとなって振り返る。
楓が焔羅の肩に触れていた。


「総員、その場を動かないようにね」


総司令官、天蒼楊の声が響く。
焔羅はくぐもっていた人の声がしっかり入ってくることに気がついた。
心の焼けるような熱さも、息苦しさも消えている。


「あとは父さんたちに任せよう」


楓が顔を耳に寄せて囁いてきた。
焔羅はその言葉を聞いて肩の力が抜けた。
楓は、微笑んでいる。悲しそうに。

まるで久しぶりに呼吸をしたかのように、頭の靄が晴れた。


愛しい人が、目の前にいる。


「…………ぁ、」

「焔(エン)…………?」


焔羅は楓を見たまま固まって動けなくなってしまった。
感情の起伏が激しすぎて、脳の処理が追いつかない。
困惑の声をあげる楓に、ティアが静かに告げた。


『限界ですね』


その声を最後に焔羅の視界が歪んだ。
楓の呆れた顔が目に焼き付いた。




******

天蒼楊は、天蒼家が蒼の仮面を率いることに意味があると思っていた。そしてそれは、事実でもあった。
それは歴代そうだったように、これからもそうである。
だから副司令官も自身の娘に任せたのだ。
蒼の仮面が率いているというだけで、牽制になるからである。
牽制とはつまり、己がトップにいるということだけで隊員たちを守れるということだ。
蒼の仮面に手を出すのはリスクが高すぎる、と。


「君たちは誰に喧嘩を売ったのか分かっていないようだ」

「本当にバレないと思ったの?ふふ、随分とお馬鹿さんなのね」


天蒼にちょっかいをかけようという考えを持ったことが既に愚かだったのだと。


「あんたたちがここで悪巧みしてる間に、捨て駒にしてきたお馬鹿ちゃんたちがたくさん色んなこと話してくれたわ。……え?捨て駒は捨てたんだから、話すはずないって?」

「死人に口なし……というやつかな?」

「あはは、本当に口がないかは分からないじゃない?」


天蒼家は権威を失ってはならない。隊員たちを、その家族を守るためである。


「頭がおかしいのはそっちでしょぉ?私たちに逆らおうだなんて。あらぁ?この後に及んでまだ何とかなると思ってるの?」


天蒼家は揺らいではならない。番人に逆らった者は無事では済まない。


「本当に、どういう立場なのか理解していないんだね。第四部隊の隊長にも言われただろうに」


番人を前にして、逃げられはしない。

すでに宇津海の悪事は調べあげられていた。当たり前だった。魔術の番人に逆らおうとしたのだから。

天蒼は、確実な裁きのために"天蒼"を使うのだ。
だから天蒼の権威は揺らいではいけない。
"役に立たなくなってしまう"


「まんまとうちの愚弟を狙ったわね、お馬鹿さんたち」


狙われるのが天蒼なら、こんなに手っ取り早いことはないと本気で思っているのだ。





******

天蒼楓は自分が狙われているかもしれないと告げられた時「まあ、そうだろうな」としか思わなかった。
何故なら、自身が天蒼家に生まれたからである。
天蒼家に生まれたものは狙われる運命を背負う、それが役目である。
そう言われて育ったからだ。

宇津海家は天蒼に恨みがある?

いいや違う。

「天蒼を恨むように仕向けられた」のだ。

楓は分かっていた。


しかし、焔羅が護衛につくのは予想外だった。
愛おしい人が、自分を守るために駆けずり回っていた。駆けずり回って、結果自分を守って大怪我を負った。

天蒼楓は、天蒼家の血をひいている。
自分の役目は、標的を天蒼へ定めさせること。他の人間に、隊員に、その家族に、危険が及ばないようにすること。
それが天蒼の名を持つものの宿命なのだ。


「…………天蒼を庇うような人間を、傍に置いていてはいけない。庇うのと、守ることでは、違う」


幼い頃から繰り返し教えられた言葉が口から零れた。声は反響して、楓の耳に戻ってきた。

白い、空間だ。

赤混じりの黒髪を撫でた。
血が固まってこびり付いている。


「庇うと守るは、違うぞ。焔」



.
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ