聖霊狩り

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〈一〉


僕が鈴を鳴らしたら、さっきまで響いていた鎧武者のうめき声が途切れた。


逃げた恋人たちはまるで眼中になかったのに。


警戒心をあらわにして振り返った鎧武者に、僕は笑みを浮かべる。


僕は右手に赤い組み紐を握っている。

二重三重に巻きついた紐の先には、複数の赤銅色の鈴が結びつけられている。

どれもやや大ぶりで、例えるなら、神社などに納められていそうな古式ゆかしい鈴だ。


その鈴をゆっくりと続けざまに振った。


しゃん、しゃん、と鈴を鳴らしていると、鎧武者はさっきとは異なる低いうなり声を洩らした。


まるで、僕を威嚇するように━━━━━


だが、そのくらいでは動じない。

動じるどころか、薄笑いを浮かべてしまう。


それほど、この仕事になれており、こういう展開にも良く遭遇する為、余裕があるのだ。


その様子に怒ったのか、焦れたように鎧武者がカッと大きく口をあけた。

同時に、杖代わりにしてすがっていた槍を両手に持ちかえる。

闘いを告げる閧の声を放ち、鎧武者は僕目掛けて走ってきた。


━━速い。


傷付いた脚で、弱々しげに槍にすがっていたあの身体で、どうやって絞り出せたのかと思うほどの気迫が迸る。


━━だけど…


僕は逃げも隠れもしない。
鎧武者が駆け出したと同時に、僕も相手目掛けて真っ直ぐに向かって行く。


鎧武者が手にしているのは……槍。

僕が手にしているのは、組み紐と鈴。

普通の人なら、勝負はすでについているように見えるだろう。


が。槍の切っ先が僕の胸を突く、その寸前━━━━━


刃の根もとに赤い組み紐が巻き付いた。

ぐいっと腕を引くと、槍の狙いが大きくそれる。


引きずったことにより、鎧武者の身体は前屈みになった。

そして、僕は高く脚を上げて鎧武者の顎を蹴る。


気持ちいいくらいに、嫌、よすぎるくらいに決まった。


鎧武者の首が外れ、星もない暗い夜空高くに跳ねあがるくらいに。


「うわっ」

それにはおもわず奇声をあげてしまった。

よもやこんなことになろうとは、と狼狽の色が顔をよぎる。


鎧武者の胴体のほうは、槍を握りしめたまま、芝生の上に倒れ込んだ。

首のほうは、二、三度バウンドしてから街灯の下へと転がっていく。

少し地面が傾斜していたらしい。


「やばっ」

僕は鎧武者の首を追いかけた。


首は、街灯にぶつかってその動きを止めた。

根性というか、執念というか、兜をしっかり被ったまま。


腰を屈め、恐る恐る兜の鍬形に手を伸ばすと、僕の手から逃れるように、鎧武者の首はかさこそと動いた。


本当に、かさこそと音をたてて。

首の断面から、細い節足がいきなり数本生えて、勢いよく地面を這い回り始めた。


「ひっ」

これは流石に嫌悪の悲鳴をあげ、大きく後ろに跳びのいた。

幸い、尻餅はつかなかった。

もしついてしまっていたら、あの全身黒ずくめの同僚に何と言われるか……


━━考えただけでも嫌だ、よかった、尻餅をつかなくて。


そうこうしているうちに、首は蜘蛛そっくりの動きで逃げ出そうとしていた。

芝生の緑の葉をかさこさと鳴らして。


それを見た直後、かなり気持ち悪いが、背に腹はかえられない。

両手でもって兜の縁を掴み、くるりと裏返して抱き抱えた。


━━本当はやりたくなかったけど…


今の僕の顔はとても凄い顔になっているだろう。


しかも、歯を食いしばった凄い形相を。



細っこい節足が、じたばたと宙を掻く。

ひっくり返した為に露になった首の断面は、天然記念物・カブトガニの裏側にそっくりだった。

離してしまいそうになるが、何とか堪える。

「…っ、気持ち悪い……」

心底嫌になりそう呟くと、城址公園の暗闇に若い男の笑い声が響いた。


「確かにそうだな。御霊だと思ったら火星人だったとは」

その声の聞こえた方向にすぐ振り返り、怒鳴った。

「こんな火星人はいない!」


くすくす笑いながら、僕の前に若い男が姿を現した。
背の高い、痩せた男。

青白い顔色に高い鼻梁、切れ長の目。

黒ずくめの衣装に加え、ご丁寧に白い手袋をしている。

ドラキュラ役の舞台俳優として充分通用しそうである。


戦国時代の城には合わない。



「それにしても荒っぽすぎないか、柊一?」

「どこが?」

これ幸いとばかりに、鎧武者の首を投げ付けた。


そんな不気味なものを投げてよこされても、和装ドラキュラは顔色ひとつ変えずに、両手でうまく受け止める。


しかも、鎧武者の首はひっくり返ったまま、細い節足を虚しく動かしていた。


和装ドラキュラはその不気味なさまを微笑んで見下ろしている。

彼は怖がるどころか、面白がっているようなふしさえある……


彼は鎧武者の首に穏やかに語りかけた。


「貴殿はあの城にとてもお心を残しておられるご様子。おそらくは、敵に囲まれたあの城を守ろうとして果たせず散った武将のおひとりかと……」

おおん、と首が泣いた。

━━肯定するかのように……。



「そのご無念はよくよくわかりますとも。この地に生きる者は皆、貴方がたの苦難を知っております。だからこそ、敵の手によって焼け落ちたあの城を再びよみがえらせたのです」


━━本当にそうなのだろうか。



しかし、鎧武者は信じたのか、唯一眼球のおさまっている目から、はらはらと涙を溢した。

何百年も前の落城のさまが、兜に覆われたその頭の中で再現されているに違いない。


「誰も忘れはいたしません。ですから、そのようなお姿をさらさずとも……これからも、この地の守りとして……」


ふいに、和装ドラキュラの腕の中で、鎧武者の節足が殺虫剤をかけられた害虫のように激しく震えた。

腕組みして見物していた僕は、その光景を目の当たりにしたことで「ひっ」と小さく悲鳴をあげ、後退りしてしまった。


身体に緊張が走る。



それでも、当のドラキュラは放り投げたりはしない。

鎧武者の首がすうっと消えていくのを黙って見守り続けている。


━━あり得ない……っ!!


あんなのを見て、声もあげず、顔色一つかえないなんて……

…かえられても困るが。



彼の手から、完全に首が消え失せてしまった頃、芝生に転がっていたはずの胴体の方もなくなっていた。

鎧兜も、槍もない。


ドラキュラは僕に自慢するように、からになった両手を広げてみせた。



「どうだ? こういう哀しい魂は、優しく労ってやるのがコツだと、そう教わっているだろうが」






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