book

□愛妻弁当ごっこ
1ページ/1ページ



「いただきまーす」

桜井の声が体育館に響く。
さっきまで掛け声とスキール音で溢れていたのに今はしんとしている。
(先輩たち抜けると寂しいな…)
一人では食事も進まず箸をかじっていた。
若松は午後から用事があるとさっき帰っていった。
マネージャーの桃井と他の部員たちはお昼の買い出しに出掛けた。
(青峰くん今日も来ない…会いたい…な…)

「誰に会いたいって?」

いきなり耳にかかる声に驚いて顔を上げると青峰がいた。

「あっ、青峰くん!?」
「よぉ。今、昼飯?」
「よぉ、じゃないですよ!今日来ないかと思ってました」
「あー…、まぁいつものことだろ。」

青峰はあくびをしながら桜井の弁当をつまんだ。

「ちょっと、青峰くん!」

おかずのエビフライを口に運ぼうとする青峰の腕を掴んだ。

「あ?なんだよ?」
「僕のお弁当食べないでください!!」
「そんなこと俺に言えんの、お前」

青峰の目が細くなった。
睨まれているような見つめられているようなそんな視線に恥ずかしくなり腕を掴んでいた手を離した。

「いっただき」

青峰はエビフライを口に放り込んだ。

「うめぇうめぇ」
「………」
「そんな顔すんなよ」
「だって…」

我ながらお弁当のおかず一つでわあわあ言うのは大人気ないと思った。
(青峰くんに会えて嬉しいのに…)

「ちっ。しょーがねーなぁ」

そういうと青峰は桜井の腕を引っ張った。
予測していない力に引かれ桜井は青峰の胸の中に倒れ込んだ。

「…え?」

状況判断が出来ず、顔を上げると額に熱を感じた。
青峰の唇が自分に触れている。理解した瞬間、体温が上がる気がした。
いや、たぶん上がった。

「わ…、わあああああ!」

青峰の胸を押し、後ずさった。

「痛って…。いきなり何だよ」

本人は悪びれもせず、近づいてきた。

「こここっちのセリフですよ!何するんですか!」
「あ?美味いもん作った嫁さんにご褒美やっただけだろ」

青峰はにやりと笑って、ステージから飛び降りた。
「よ、嫁ぇ…?」

熱を感じた部分を押さえながら青峰の言葉を嬉しいと思う自分がいた。

「お前、明日俺の分も作ってこいよ。そしたら練習に出てやらないこともない」
「本当にっ!?」

あの青峰から練習という言葉が出た。
これは気合いを入れて作らなければと桜井は思った。

「ちゃんと俺のこと好きって分かるような弁当にしろよ」 
「ちゃんと好き…って…」

またもや体温が上昇しそうだ。
青峰は笑みを浮かべ、ボールを持った。そして片手で持ち上げたかと思うとボールはネットをくぐっていた。

「じゃーな。明日楽しみにしてるぜ」

あくびをしながら体育館を出て行く青峰の背中から桜井は目が離せなかった。


おわり



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ