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□思惑に気付いて
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ある日の午後。
授業も終わり放課後のゆったりとした時間が流れる。

田村三木ヱ門はいつものようにユリコを散歩に連れていた。

「ユリコ〜、今日は良い天気だね。あいつらじゃないけど昼寝したくなるね」

三木ヱ門は一年は組の乱太郎、きり丸、しんべヱを思い浮かべながらあくびをした。
そこにトッタトッタと変なリズムを刻む足音が聞こえてる。
忍者の学校で、そんな音を立てる人は一人しかいない。へっぽこ事務員の小松田秀作だ。

「田村くーん!」

小松田は三木ヱ門の前まで走ってくると、ぜぇぜぇと息を整えた。全力で走ってきたようには見えなかったが、全身泥だらけの様子を見るとここまで来る最中に自ら転けたのか、それとも同じ4年生の綾部喜八郎が掘った落とし穴に落ちたのか…、あるいは不運委員長と呼ばれる善法寺伊作先輩に出会い不運なトラブルに巻き込まれてしまったのか…。
どれも考えられるな、と三木ヱ門は小さく苦笑した。

「ちょっと〜、何笑ってるの?」
「い、いえ。何でもないですよ。それより、どうしたんですか?」
「ああ、田村くんにお客様だよ」
「私に?どなたです?」
「えーっと…」

小松田はふところからバインダーもとい入門票を取り出す。

「うーんと、照星さ「照星さん!?!?!?!?!?」

自分が最も尊敬する人の名前が耳に入り、すかさず聞き返す。

「照星さんはどちらに!?」
「うわわわ肩を揺らさないでえええ。門のところにいるよおおお」

興奮のあまり小松田の肩を掴み身体を揺さぶってしまった。

「分かりました!行くぞユリコ。照星さんを待たせてはいけない!」
「ふふ、田村くん嬉しそうだな。そりゃそうか、恋人に会えるんだもんね」

三木ヱ門から照星と付き合っていると聞いたときは驚いた。確かに照星が忍術学園に訪れるたびに、一年は組の虎若と一緒に火縄銃や火器の扱いを習っていたがまさか恋仲になるとは、と小松田は思った。
告白したのは三木ヱ門の方からだと言っていた。
何回も想いを告げそのたびに断られていたのだが、2ヶ月程前ようやく恋が実ったらしい。

「青春だな〜」

と小松田はひとりごちて仕事に戻った。


三木ヱ門が門に着くと、照星が日陰で涼んでいるのか木に寄りかかっていた。
一気に気持ちがこみ上げてくる。
照星はとても腕の良い狙撃手で、現在は虎若の父・佐武昌義率いる佐武鉄砲隊と共に行動している。
忍術学園に来るのも近くに来たから、虎若に挨拶していく程度でしかないとても忙しい身なのだ。
その照星の腕に一目惚れし、虎若と共に習うようになり尊敬の念は増していった。
いつしかそれは甘く切ない感情へ変化し、気がつくと照星のことばかり考えるようになっていた。

初めは火縄銃を扱う技術に惚れていたのに会うたび照星自身に惹かれるようになり、意を決して告白したのは半年前。
もちろん断られ、その夜は夜通し泣いた。一週間は動く気になれなかった。
しかし、諦めず想いを告げ続けついに照星と恋仲になることが出来た。
今でも会うことは少なく、寂しいときもあるが自分の思いを受け止めてくれた人に我が儘など言えるわけがない。
そのため今日はとても嬉しいのだ。きっとまた学園の近くを通ったというのが理由だろうが、照星が虎若ではなく自分を呼んでほしいと言ってくれたことが何より嬉しかった。

「照星さん!」

三木ヱ門が声を掛けると、照星がちらりとこちらを見た。

「お待たせして申し訳ありません」
「いや…。ユリコくんの散歩の途中だったのかい?」
「はい。今日は天気がいいので、ユリコも気持ちよさそうです。照星さんは何かご用で?」
「あっ、ああ…。その、実は…」

そこまで言って照星は口をつぐんだ。忍術学園に来た理由を言ってよいものかと思ったのだ。

「どうされました?」

不思議がる三木ヱ門は小さく首を曲げ、きょとんとしている。
(…なんて仕草をするんだ)
照星は目の前の恋人に僅かながら欲情した。
やはり会いにくるべきでは無かったかと後悔する。

一昨日、佐武鉄砲隊に所属する隊員の1人が結婚するという報告を受けた。そしてその隊員の妻となる方を紹介された。
薄い茶髮でまつげが長い美人であった。表情も豊かでよく笑う女性に、照星は恋人の影を見た。
その瞬間、どうしても会いたくなり有給を使い忍術学園まで足を運んだ。いつも学園長先生に報告するとき、あるいは用事で近くを通るとき以外は来ることがないので私用で、しかも恋人に会いに来たなど気恥ずかしくて言えなかった。

「…用事があってね、近くまで来たから」

結局いつもの理由に甘えた。

「そうでしたか。あっ、そうだ!虎若!虎若呼んできますね!」

その言葉に照星は焦った。虎若を呼ばれては二人きりの時間が無くなってしまう。せっかく会いに来たのだから、今日は二人で町にでも行こうと思っていた。
いつものように火縄銃の指導をするつもりはない。

「いや…、若大夫は呼ばなくていい」
「しかし、虎若も照星さんに会いたいでしょうし…。火縄銃は虎若の方が習いたいかと…」

(やはりそう思われるか…)
照星は小さく溜め息をついた。

「若大夫には村に帰ってきたとき教えるから、今日は、二人で…町にでも行かないか?」

そう言うと三木ヱ門の瞳が揺れた。
頬がほんのりと赤く染まり、照星を真っ直ぐ見つめ柔らかく微笑んだ。
愛しい、と心の底から思った。
熱心な告白を受けている内にいつのまにか好きになってしまい、葛藤した末に恋仲となったが後悔はしていない。

「照星さんから誘っていただけるなんて…!今、外出届けもらってきます!」

ユリコを引いて、三木ヱ門は自分の部屋に急いだ。




「ふぅ〜、結構歩きましたね」
「そうだな」
「あっ、あっちに茶屋がありますよ!休憩しましょう」

あれから2時間弱、町の中を巡った。
呉服屋、骨董品売り場、見せ物小屋など普段行かないような店に行き存分に楽しんだ。

「そろそろ日も暮れてきた。休憩したら、忍術学園まで送っていく」
「……はい」

三木ヱ門は照星とまだ一緒にいたいと思った。
会えただけでも嬉しかったのに、照星から誘ってもらえる機会なんてこれから何度あるだろう。しかし相手は多忙であるし、自分の都合で困らせてはならない。
分かっている。
だが、寂しいものは寂しい。
こうして二人でいるともっと照星を求めてしまいそうで、いてもたってもいられなくなり三木ヱ門は茶屋を飛び出した。

「…田村くん!?」

照星が呼ぶが、構わず走り続けた。
理性を押さえられない醜い自分を見られたくない。感情を押さえられない幼い自分を見られたくない。

「待ちなさい!三木!」

照星がめったに呼ぶことのない呼び方で三木ヱ門の名を叫んだ。
1回目は、告白を受け入れてくれたときだ。「三木…」と呼ばれ抱き締められた。
それ以来、ずっと恋人同士の触れ合いをしていない。
呼び方に反応して、三木ヱ門が一瞬立ち止まった。その隙を逃さず照星は三木ヱ門の前に回り込み、全身で受け止めた。顎に手をかけ上を向かせると三木ヱ門の頬が濡れている。

「一体、どうしたのだ…。なぜ泣いている…?」
「照星さん…。わたしは、照星さんに会えるならそれだけでいいと思っていました。だけど、もっと一緒にいたい。触れてほしい、さっきみたいに三木って呼んでほしい。でも、こんな自分が嫌なのです…」

言葉と涙がぼろぼろとこぼれ落ちてくる。

「照星さんが虎若には村に帰ったときに教えてやると仰ったとき、わたしは嫉妬しました…。虎若は帰れば照星さんに会えるのだと。わたしが会いに行っても、お仕事の邪魔になるだろうと…」

三木ヱ門は恥ずかしくなり目を伏せた。長いまつげは涙でしっとりとしている。照星は肩を震わせて泣く小さな身体をギュッと抱き締めた。

「すまなかった…。君を不安にさせてしまった。私だって会いたかった…。今日も、近くに来たからなんて嘘だ。本当は君に会いたくて来たんだ…」
「照、星さん…」
「三木…。私は君のことが愛しくてたまらない…」
「わたしも…。好きです、照星さん」

瞳を潤ませながら愛の告白を受け、正直限界だった照星はもう一度顎を持ち上げた。
そしてまたしてもきょとんとしている三木ヱ門の唇に噛みついた。

「ふっ…、んぅ…」

甘い声が漏れる。
角度を変えてもう一度奪う。舌を入れ口内を掻き回すと、おずおずと返してきた。
(このまま押し倒してしまいたい)
三木ヱ門の熱を感じながら、ぼんやりとそんなことを思うが今回は理性が勝った。

ゆっくりと唇を離した後お互いの想いを確かめ合うように強く抱き締め、真っ赤に染まっている三木ヱ門の耳に囁いた。

「今度、佐武村においで。その時はもっと可愛がるから」


おわり

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