艦これ二次創作小説〜海の底から〜
□始まり
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実に退屈だった。
退屈凌ぎにと持ち込んだ有名なパズルは三分で飽き、窓から外の景色を眺めても面白いものが見える訳でもなかった。
電車とはただの荷運び人らしい。
私のいる車両には人はあまりいない。小さい女の子が一人と老人が二人で、興味を持てなかった。興味にはなり得なかったけれども、私の座席の横には少々厚い本が置かれている。
私が置いた。
所謂"教本"でも差し支えはない。と思う。
題名は『艦娘になるにあたって』だ。
私はこれから"艦娘"として、正式に任を受けることになっていた。いつかの日本に存在した軽巡として"戦場"で生き、死ぬ責任を負わされるということだ。その責任──義務──を負うことに、私は何等疑問も不満も抱いてはいなかった。
『艦娘としての心得』
艦娘とは、深海棲艦と戦える唯一の存在戦力である。
艦娘は深海棲艦とは、軍艦──ここでは『戦う為の設備を持つ船』と定義する──と酷似そして同等の兵装を有し、それを用いて交戦を行う。
以下は兵装を"装備"と記述する。
艦娘は深海棲艦との戦闘で負傷する場合があり、これは"損害"とも認識される。この負傷の多くは装備に反映され、負傷の度合
いが多ければそれに比例して、装備は継続的使用が困難になる。
艦娘は、従来の人間とは移動方法が異なるが、負傷が最大限に達した場合は水上での移動は不可能となる。最悪の場合は海に沈む。
これを轟沈とも呼ぶ。
この場合では艦娘は海底に沈み、戦死──つまりは死亡──扱いとする。本来の死亡とは定義は異なる。
「……」
私が艦娘になると決まり、某所から渡されたパンフレットみたいな物には、そう書かれていた。さっきの少々厚い本の書き出しも同じ様なことが載っている。
本はあまり読んでいない。某魔法小説くらいの厚さはあり、そこに広辞苑級の細かい文字がぎっしりと並ぶその様は、パラパラ捲る気をも削ぐ勢いだったからだ。一応はパラパラとは読んだ。
艦娘──正確には艦船──の種類から始まり、装備あれこれ、深海棲艦の種類、とかとかとか。そんなところだった。
(最後の一文は脳裏に焼き付いたね)
『艦娘であることは、"現実"との離別である』
最初に私はこの文の意図を計りかねた。
確かに、艦娘になれば今までの生活は送れない。死ぬ可能性もあるからだ。
別の意味は?
この一文には何か真意があるに違いない。
私の脳内にはそ
んな考えが充満していた。
「はーやめやめ」
これから艦娘になるんだから難しいことは考えるのは駄目。前言撤回。終了。取り止め。
『──』
下車。
目的地の最寄りらしいこの駅はそこそこ閑散としている。時間帯の所為もあってなのか人はまばらだ。
改札を目指してホームを歩いていると、一人の女の人とすれ違った。髪は短く、背は高い。あの人が艦娘なら、戦艦でもおかしくはなさそうだ。
そこからは、ただただ黙々と歩いた。
午前の終わり頃には、目的地である"鎮守府"に到着した。前情報では、かつて日本にあった鎮守府とは場所も違うらしく、"横須賀"や"呉"とかは、現在は昔と異なって存在する。
それもこれも、今のこの世界が変わっていることに由来したりする。
デカイわ、鎮守府。
入り口は勿論、そこから見える鎮守府の全体がもう、とにかくデカイ。
「あー……」
どうしたらいいかわからない。
艦娘になると知ってからは、ここの鎮守府に来るようにと通知されただけで、どこでどうしたらいいのか全く把握していない。まぁ仕方ないのかな。
右手前には家政婦みたいな人がいる。その人が誰かは知らない。
尋ねようかと思った
ら、その人から話しかけてきた。
「何かご用ですか?」
第一印象は「やわらかい」。
口調が。
その人は箒を両手で持っていて、さっきまで入り口周辺で葉を掃いていたことがわかった。
「あー、えーっと」
「もしかして新任の艦娘さん?」
「あ、はい、そうです」
言わなくても大丈夫だった。いや良くない。
これが"上"に変に伝わらないと助かるんだけど。
「初めまして……って、今は自己紹介しなくても大丈夫……じゃないですよね」
「はい?」
「すいません……あ、初めまして。私は間宮と申します。ここでは主に料理を担当してます」
家政婦とはまた違うのな。
「私は北上です」
「きたがみ?」
「はい、きたがみです」
「……あ、ああー、あ、はい、了解です。すいません。ちょっと初対面の人にまだ不慣れで……」
「いえいえ」
いや今、明らかな間があった気がする……いややっぱりあった。絶対に。
とはいえ気にしない方がいいのかな。
「では提督が執務室でお待ちですから、すぐにご案内致します」
そう言って間宮さんは箒を持ったまま、私を鎮守府の中へと案内した。