銀魂 長編

□第十八話
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迷いながらも、瑠璃は出発から1時間後に白く塗られた5階建てのマンションにたどり着いた。


この建物のどこかにいるんだ、と思えばなかなか一歩を踏み出す気持ちになれなかった。


どんな顔で会えばいいんだろうか、なんと言えばいいのだろうか、という余計な気持ちが心を埋め尽くしていく。


会わずに帰ろうか、とも思った。


「ここが私の家です。狭いけど、どうぞ上がってください」


玄関の前で立ち止まった瑠璃の耳に届くのは、聞き覚えのある声だった。


姿は見えないが、近距離にいるのは間違いない。瑠璃は慌てて近くの車の影に隠れた。


「楽しみ〜。私、あんまり人のお家上がったことないのよね〜」


もう1つ加わった別の声に、瑠璃は肩を震わせた。自分のものによく似たその声の主が、先に視界に入る。


にこにこ笑う瑠衣が、薄汚れたマンションの壁を見上げた。その隣で、沙弥が愛想笑いを浮かべている。


会いたい人と会いたくない人、2人が一緒にいては話などできない。瑠璃は唇を噛み、様子を伺い続けた。


「その歳で一人暮らしなんて偉いよね〜。生活は苦しくない? ちゃんとご飯食べてる??」


「はい、その辺は大丈夫です。バイトしてるし、食料系は同門の人が結構くれるので」


今すぐにでも沙弥に話しかけたいのに、叶わない。瑠璃はもどかしく思いながら、2人の姿を見守り続けた。


「そうなんだ、よかった。ああ、あとそういえば──」


瑠衣は沙弥に何かを聞こうとして、マンションの壁から沙弥へと目線を移動させた。


その一緒の軌道に、偶然瑠璃も入ってしまった。瑠璃は慌てて身を屈めたが、気づかれたのではないかと思うと心臓がざわつく。


そっと、また顔を出した。瑠衣がこちらに気づいているか、確認がしたかったからだ。


すると、こちらを凝視したままだった両目がしっかりと確認できた。間違いなく、瑠衣は瑠璃に気がついた。


どうしよう、どうしよう、と瑠璃は心の中で言い続ける。逃げてしまいたいのに、足が動かないからだ。


逃走を支持する自分と、沙弥との話し合いを求める自分が喧嘩をしている。この場を離れていいものか、迷っている。


「……そーだ、沙弥ちゃん。沙弥ちゃんは、見たことある? 化け物って」


瑠衣は沙弥に向き直ってにっこり笑った。沙弥の方は、質問に対して首を傾げている。


「化け物……。うーん、化け物に入りますかね? たまにいるじゃないですか、超怖かったりキモかったりするタイプの天人」


「天人は天人よ、化け物じゃないわ。じゃあ、沙弥ちゃんは見たことないってことね」


瑠衣は時折視線を瑠璃に向けた。まるで、沙弥ではなく瑠璃に聞かせているかのようだ。


距離は近いのに、瑠璃は止めに入ることができなかった。もし今出ていけば、なりゆきとはいえ盗み聞きをしていることがバレてしまうからだ。


もしそうなれば沙弥にもっと嫌われてしまうのではないかと思い、怖くなった。瑠璃は身を屈め、2人の会話を黙って聞き続ける。


「ちょうどよかった。今日はその話もしたいとこだったの」


「ここじゃなくて良くないですか? 寒いし……」


「ううん、ここでいいの。……あのね、私のいた故郷には、化け物がいたの。みんな、その化け物に石を投げて、刀で切りつけて、殴ったり蹴ったりして、とにかく色んな方法で痛め付けたの」


「その化け物って、どんな姿してたんですか?」


「元は人間よ。でも、6つの時くらいだったかしら? その辺りから、化け物になってしまったの」


「なんでですか?」


「……色々あったのよ。まあとにかく、その化け物は異常だったの」


瑠衣はまた、瑠璃の方に視線を寄越した。しかし、瑠璃の姿はない。


瑠璃はしゃがみ、車の影で震えていたからだ。この後沙弥が何を言うのかと思って恐怖しながら、何もしようとしない自分に苛立っていた。
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