銀魂 長編
□第七話
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土方と別れたあと、瑠璃は姿が見えない敵を探すべく移動していた。
探しているうちに結構な距離を歩かされたようで、いつの間にか、土方たちが消えていった屋敷がはるか遠くに見える。
「広い……」
この家の敷地面積は、屯所の数倍はあると推定できた。また、庭の雰囲気や土方が使う皿から見て、柳生家は相当な資産家だ。
ふと、瑠璃は自分の身なりを気にした。
ほつれや汚れが目立つ剣道着、そして鼻緒が擦りきれそうな草履。全体的にみすぼらしく、きっとこの家では際立ってしまうことだろうと思った。
「……はあ」
ため息が溢れてしまう。今度、山崎あたりに付き合ってもらい、服を買いに行こうと思った。
周りを気にする性格はまだ直っていない。そして今、一生直らないようにも思えて、気が重くなった。
「ため息ついてると、幸せ逃げちゃうよ? お姉さん」
どこか、近い場所から声が聞こえた。木刀に手を添え、戦闘に備える。
その時、3メートルほど離れたところに生えていた木から何かが落ちてきた。
その何かは人、具体的に言えば沙弥だった。彼女は木の上で瑠璃を観察していたらしい。
「さっきも言ったけど、私、宮本沙弥ね。あなたは?」
「如月瑠璃です」
「そう。じゃあ如月さん、さっそくやっちゃおっか!」
彼女はにっこり笑うと、低い姿勢で木刀を構えた。
ゆっくりと、上がっていた口角が下がっていく。それが下がりきって唇が真一文字になったとき、彼女の目はギラリと鋭く光った。
まるで、獣のような目だった。瑠璃は木刀を握る手に力を込め、気を集中させた。
一瞬睨みあったあと、沙弥が先に仕掛けた。強く踏み込んで、瑠璃目掛けて一直線に走る。
木刀に視線を定め、瑠璃はじっと待ち続けた。彼女の初手を見極めようと、ギリギリまで待つ。
彼女の木刀は、初め下段に構えられていた。だが、距離が縮まるにつれ、それは上段の構えへと変化する。
彼女は、皿ではなく瑠璃の肩を打とうとしている。そう睨んで、瑠璃は木刀を斜めに構えた。
「もらった!」
「っわ……!」
しかし、彼女は木刀を振り下ろさず、足を使った。足を蹴られ、バランスを崩した瑠璃は仰向けに倒れた。
今日の空は雲が多いが、切れ間から射し込む日光は眩しい。目を細め、手で光を遮りながら沙弥のことを確認した。
沙弥は木刀を持ち直していた。切っ先を皿に突き立てようとしている、瑠璃は咄嗟に体を転がした。
ガリッ、という音が響く。先程まで瑠璃が横たわっていた場所、そして、ちょうど鳩尾があった場所あたりに切っ先が突き刺さっていた。
ほんの一瞬でも遅れていたら、きっと皿を割られていただろう。
「今の惜しかった!? 次いくよー!」
体勢を立て直す間もなく、彼女は瑠璃目掛けて木刀を振り下ろした。
彼女の一手を、瑠璃は地面と平行になるように握った木刀で受け止める。強い衝撃が腕を痺れさせたが、動けない程ではない。
瑠璃は彼女の押しにじっと耐えた。肘を真っ直ぐに伸ばし、彼女と一定の距離を保っている。
しかし、このままでは力負けしてしまうのが目に浮かぶ。
早く体勢を立て直したい。瑠璃は、彼女の脛を蹴ろうと、左足を少し浮かせた。
「あれ〜、足癖悪いんじゃない? 如月さん」
瑠璃の左足は、沙弥が踏みつけた。少し体重をかけられただけなのに、瑠璃の足は動きを封じられてしまった。
では、右足ならどうだろう?そう思った矢先、沙弥は瑠璃に馬乗りになった。
右足も左足も、動かせない。
「初っぱなから足技やられるって思ってなかった? 如月さん、真面目だね。剣道じゃないんだよ、なんでもありでやんなきゃつまんないじゃん」
こうしている間にも、木刀は鍔競り合いを続けている。
しかし、そろそろ腕が限界だった。両腕ともぶるぶる震えているし、肘も曲がってきている。
早く、早くこの体勢を立て直さなければ、負けてしまう。
「つまんないなあ……。期待外れだよ、如月さん。奇襲した時は、強く見えたのに」
がっかり、と言って、彼女は冷めた目で瑠璃を見た。その目を見て、瑠璃はまた思い出す。
侮蔑、軽視、冷淡……村で毎日向けられた、負の感情を宿す眼差しを。