銀魂 長編

□第九話
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包帯を巻いた頭に手を触れた。痛みは全くない、この白い布はただの飾りに等しい。


だが、瑠璃はその飾りを取らなかった。頭蓋骨に木刀を叩きつけられて、48時間以内に回復する人間はいないからだ。


せめてあと1週間は、この無意味な手当てを残し、頭痛に悩まされる演技を続けなくてはならない。


そう考えると、少し憂鬱だった。誤魔化しきれるか不安になる。


「瑠璃、客だ」


「はい、ただいま」


土方に着いていくと、応接室に通された。そこで待っていたのは、隣に風呂敷を置いて座る沙弥だった。


「瑠璃様、こんにちはー!」


「こんにちは。それ、ありがとうございます」


「いえいえ、頼ってもらえて嬉しいです!」


沙弥はただ瑠璃に会いに来たわけではない。瑠璃にある物を貸すために、目的を持ってやって来たのだ。


「着付け、手伝いますね」


沙弥の風呂敷を開くと、黒い着物が出てきた。


何故着物を借りるか。答えは簡単、瑠璃が女性物の着物を1着しか持っていないからだ。


まず、瑠璃は休日に出かけるということをしない。外に出るのは、仕事か買い出しの手伝いの時くらいだ。


剣道着3着に隊服2着、それさえあれば、生活に支障なかった。それゆえ瑠璃が服を買おうと思ったことはないし、必要性も感じなかったのだ。


しかし、近藤の結婚式まで1週間を切った今、土方たちはある重要なことに気がついた。


瑠璃の着る服がない、と。


近藤と結婚するのは、異星の王女。ということは、彼女側の参列者は王族や要人が大半を占めることになる。


剣道着や隊服で参加しよう者なら、向こうの参列者に「神聖な儀式であるはずなのに、新郎側の参列者の服が場違いだ」と怒られることは間違いない。


もっとも、それは相手が王族でなくとも当てはまること。当然のマナーとして、瑠璃に着物を着てもらうことにした。


しかし、今の瑠璃は絶対安静を余儀なくされ、仕事を休んでいる。また、攘夷浪士との交戦などを危惧して外出禁止令も出ている。


唯一持っている着物も、私服として持っているもの。結婚式という神聖な場所には不釣り合いな色とデザインだった。


服を買いに行くことは不可能。しかし、結婚式は松平の命令で車椅子に乗って参加することになっている。


どうしても服が必要なのに、どうしようか?悩んだ結果、知り合ったばかりではあるが、沙弥に協力を依頼したというわけだ。


「結婚式ねえ……あのゴリラみたいな人も結婚できるんですね。相手はどんな人なんですか?」


「……まあ、さすが王女というべきか、ご立派な顔立ちをされてるよ」


「え、王女? すごい、逆玉だ」


へえ〜と感心するように呟きながら、沙弥は畳んでいた着物を広げた。


ここで1度、土方は部屋を出る。沙弥と瑠璃だけが部屋に残った。


「さて、着ましょうか!」


「お願いします」


隊服と剣道着以外の服を着るのは、入隊した日以来だ。


休日といえど、瑠璃は稽古を休まなかった。そうなると自然、稽古のために剣道着を着る用事が生まれる。


朝稽古のために寝巻きから剣道着に着替え、休憩時は剣道着から私服に着替え、また全体稽古のために私服から剣道着に着替え……


そんなに何度も服を変えるのは面倒だった。だから、休日は剣道着で1日を過ごしていた。


仕事がある日は、稽古の時以外はほとんど隊服で過ごす。だから、私服を着る必要はない。


必要か、不必要か。効率的か、非効率的か。


それだけで私服の是非を決めてきた。それゆえ今困っているわけなので、瑠璃は少し反省した。


「迷惑かけてすみません。今度、お礼しますね」


「迷惑だなんて思ってませんて。むしろ、一昨日斬りかかったお詫びくらいに捉えてくれていいですよ?」


沙弥はにっこり笑う。瑠璃はその笑顔が眩しくて、顔を背けた。


間違いなく自分と対極の少女だ。それを自覚させられる笑顔だった。


なんとなく居心地が悪くなって、瑠璃は沙弥と目が合わせられなくなってしまった。
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