銀魂 長編

□第十話
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「行ってきます」


誰もいない玄関で小さく呟いて、瑠璃は屯所を出た。午後1時を過ぎた今、太陽は高い位置にあり、日差しが強い。


右手に提げた紙袋の中には、借り物の着物が入っている。歩く度に袋が足にぶつかるのを気にしながら、待ち合わせの団子屋を目指した。


道は分かるのかと全体稽古の後で散々土方に心配をされたものだ。それを大丈夫の一点張りで押し通したのだが、屯所を出て数十分後、瑠璃は道の端で立ち止まっていた。


待ち合わせの団子屋は屯所から徒歩15分ほどで、なかなか美味しいと評判の有名店だ。


もうすぐ着いてもいいだろうに、それらしき建物が見えない。これは迷ったということだろう。


仕方なく最後の手段として携帯を取り出しては見るが、どこを押しても画面は真っ暗だった。


一切反応しない携帯をあらゆる角度から見つめ、あらゆるボタンを押す。しかし、何も変わらなかった。


壊れたのではないかと心配しつつ、瑠璃は携帯をポケットに戻した。


どうしたものかと頭を悩ませながら、近くのコンビニの中の時計を見てみる。約束の時間を少し過ぎていた。


申し訳ない気持ちでいっぱいになり、落ち込んでしまう。そんな瑠璃に、誰かがぶつかった。


「っあ……」


「おっと悪い」


ぶつかった人は足を止めずに謝った。白い頭をもしゃもしゃと引っ掻いて、そのまま人混みに紛れようとしている。


「……坂田さん?」


慌てて瑠璃は後ろを追いかけ、横に並んだ。突然声をかけられた銀時は、横目でじろりと瑠璃を見た。


瑠璃だと気がついた時、死んだ魚のような目は丸くなった。


「瑠璃じゃねぇか。なに、買い物?」


瑠璃が手に持っている袋を見ながらそう言った。首を横に振り、瑠璃は本題を切り出した。


行き方を教えてくれればそれでいいと思っていたのだが、親切にも銀時は案内してくれるとのことだ。


表情は無だが、感謝がしっかり伝わるように瑠璃は頭を下げて礼を言った。


これは嬉しい偶然だ。瑠璃は、表情には一切出ないものの喜んでいた。


「待ち合わせねぇ〜。デートか?」


「違います」


瑠璃ははっきり否定し、沙弥との待ち合わせであると伝えた。


しかし、質問していながら彼は答えに興味がなかったようだ。適当に受け流されたので、無言で歩く。


それでも別にいいと思っていた。だが、銀時はそうでもなかったらしい。


「その頭、まだ痛むか?」


「刺激が加われば。歩くくらいなら、何でもないです」


平気な顔で嘘を付き、包帯を撫でた。また、馬鹿なことをしたと思う。


自分の愚かさにため息をついたとき、隣で銀時が疑問の声をあげた。


「さっき俺とぶつかったよな? あのくらいの衝撃なら耐えれんの??」


瑠璃はドクンッ、と心臓が跳ねるのを感じた。胸の辺りに、氷を押し付けられたかのような冷たさを感じる。


確かに、銀時とぶつかった時は強い衝撃が体に走った。実際瑠璃はよろけたし、髪も揺れた。となると、頭も痛くなくてはおかしい。


もちろんそれは、怪我をしていれば、痛みを感じていれば、絶対に感じることだから。


油断していた。すれ違う全ての人が知り合いと思うくらいの心地でなければ、この嘘はバレてしまうと理解した。


「感情が、表情に表れないと……よく言われます」


「そういやそうだな。そんな感じだな、あんた」


頷く銀時を見て、少し安堵した。どうやら誤魔化せたようだと。


不安を感じたが、これはいい経験だ。嘘をつくときは、通常の何倍も気を張らなくてはならないと気づかされた。


瑠璃は、また嘘つきの階段を1つ上がった。安心感と罪悪感の両方が、肩にのしかかってくる。


瑠璃は唇に歯を当てて自責する。何故自分は、正直者にならないのかと。


「どうした? 腹でも痛ぇのか??」


「いえ……」


平気な顔で嘘をつき、今日もまた問題なさそうに1日を過ごす。


こんなことでは、これからも嘘を積み重ねてしまうだろう。その嘘の山を隠すために誤魔化しの言葉を吐き続ける日々が続いていくはずだ。


そんな生活をしていては、嘘をつくのが当たり前になり、嘘がバレないように余計な気を張るくだらない毎日になる。


それが分かっていても、今日もまた瑠璃は呟く。


「なんでもないです」
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