銀魂 長編
□第十二話
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すぐそこには、大勢の人がいる。その中の数十人は自分の仲間であり、武器も持っている。
だが、彼らに知らせようと声を張り上げれば、それより先に喉を裂かれるだろう。
目の前にいる男は、それほど危うい男なのだ。
すぐそこに自分たちの敵であり取り締まる対象である男がいるのに、何もできない。
その事実が瑠璃には悔しくて堪らなかった。
「1つ、教えて……。なんで、姫様がいること、知ってたの?」
「ただの偶然だ、知らなかった。俺が会いたかったのは将軍の妹じゃねぇ、お前だ」
目的が自分とはどういうことか、瑠璃には分からなかった。だが、それ以上詳しく聞くことはできない。
疑問を抱えたまま、高杉の様子を伺う。
「話の前に、ひとつ確かめることがある」
そう言うと、高杉は隊服のスカーフに視線を向けた。
唐突にスカーフに手をかけられたので、瑠璃は驚き、その手を掴んだ。
すると、高杉は一旦手を止めた。
「言ったはずだが?……大人しくしてろ」
鋭い目で睨み付けられて、瑠璃は体を強ばらせた。ゆっくり手を離して、そっと地面に両手をつける。
それを確認してから、高杉は再びスカーフを緩め始めた。
しゅるっ、と布が擦れる音のあとでスカーフが地面に落ちた。高杉は次に、シャツの一番上のボタンを開けて襟を開かせた。
普段上のボタンまできっちり閉めている瑠璃からすれば、なんとなく気持ち悪い。
高杉は再び小刀を取り、刀身を鞘から覗かせた。大人しくしろ、との言葉通りにしていたが、さすがに瑠璃は反射的にこれに抵抗した。
高杉の胸を両手で押し返し、少し距離を開けた。
「い、痛いの、嫌っ……」
精一杯考えた末に出た言葉は子どものようだった。そのためか、高杉は笑った。
「安心しろ、殺しはしねぇよ。ただの確認だ」
高杉はそれだけ言うと、まだ抵抗を続けている瑠璃の鎖骨辺りに刃を滑らせた。
「っう……」
ピリッとした痛みが肌に走った。
高杉は小刀を鞘にしまい、切り口を見つめる。瑠璃は高杉を睨むその目にうっすら涙を浮かべていた。
少し時間を置いてから、高杉は切り口を指でなぞった。
手には血が少し付着している。そして、切り口の方はというと、なぞった方向に赤い線が延びているだけで、そこから新たな血が染み出てくることはなかった。
「……なるほど、本物だな」
高杉は感心するように呟いて、指に付いた血を舐めた。
瑠璃はてっきり、酷い言葉を浴びせられると思っていた。しかし、実際に高杉が感想として言葉にしたのはそれだけだ。
思っていた通りにならなかった安心感から肩の力を抜いたとき、突然生暖かい物が皮膚に付着した。
「っひ……!」
悲鳴を上げ、何かが触れるそこを見る。高杉は水を飲む猫のように、舌先を傷口だったところに触れさせていた。
血の線は消え、かさぶたも切り口もない皮膚が顔を出す。
瑠璃はポカンとした様子でそこを見つめている。我に返ってた時、頬はうっすら赤く染まった。
「な、なにっ……?」
動揺して震える声と赤い頬に気をよくしたのか、高杉は口元を微笑みの形にした。
「拭ってやっただけだ」
「だからって、舐めなくても……」
普通に会話していることへの違和感すら忘れて、瑠璃は困ったように呟いた。
高杉の顔が遠ざかると同時に、少し力を込めて彼の胸を押し返す。先程はびくともしなかった彼の体が、今度はいとも簡単に動いた。
用事は済んだらしい。高杉の舌が触れた場所を袖で拭い、また何かをされないうちにボタンを留めた。
「そう焦るこたぁねえだろう」
瑠璃は顔を真横に向け、聞かぬふりをした。しかし、頬を軽く掴まれて向き合う姿勢を強要されたことによって、長く続かなかった。どうやら、無視は許されないようだ。
再び向き合った時の彼は、どこか妖しさを感じる薄笑いを浮かべていた。
「手短に言う。もうじき、犬どもが駆け回り始める頃だろうからなあ」
高杉は背後の賑やかな会場を一瞥してから、再び瑠璃に顔を突き合わせた。
今この時も、笑い声や太鼓の音は尽きない。それなのに、2人だけが違う世界に隔離されたかのような、静かな雰囲気が確かにあった。
高杉は、ゆっくり口を開く。