銀魂 長編
□第十四話
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「ありゅ……けますよお……、おろ、て……いれす、から……」
「お前、自分で思ってる以上に喋れてねぇぞ」
頑張っているようだが、瑠璃はほとんど呂律が回っていない。眠気は限界まで高まっているようだ。
土方は部屋に入ってすぐ、瑠璃を床に下ろす。膝を抱えて座る彼女は、頭を膝頭に置いてぼーっと床を見つめていた。
人形を見ているような気分だ。まったく生気のない彼女を心配しながら、押し入れの布団を引っ張り出す。
「ほら、布団敷いてやったぞ。ここで寝ろ」
ぽん、と布団を叩いてみせるが、瑠璃は返事をしない。不審に思った土方は、そっと膝立ちで近づいて、俯いた顔を覗き込んでみた。
完全に瞼を下ろし、彼女はすぅすぅと寝息を立てていた。どうやら、限界を越えたらしい。
「普段のお前ならあり得ねぇな」
土方はそっと瑠璃の頭を撫でた。微かに瞼が動いたものの、起きる気配はない。
まるで少女のような幼い顔で眠っているが、彼女は紛れもなく自分と2つしか年が違わぬ成人女性。土方はハッとして、撫でる手を止めた。
彼女が子どものように純粋な性格をしているためか、稀に幼い妹がいるかのように錯覚し、そのように接してしまうのだ。
いけないと分かっていても、無意識でそれを行ってしまう自分を土方は諌めた。
「よっ……と」
瑠璃を抱き上げ、布団の上で仰向けになるように下ろす。宴会場からここまでの道のりを歩くうちに着物の乱れは酷くなり、胸元も太腿も惜しげなく晒されていた。
あまり見てはいけないと分かっていても、やはり自分も男。ほんの少し、目を奪われた。
以前は骨と皮だけで出来ているんじゃないかと思うほど細く、触れば折れてしまいそうな体をしていた。
しかし、今はどうだろう。少し筋肉がついて、徐々に健康的な肉付きに近づきつつある。
それに加えて、彼女はなかなか綺麗な顔立ちをしている。もし前髪の長さを適当に揃え、顔を日頃から露にしているなら、誰も放っておかない程に。
他の男であれば、きっと着物を乱したままで眠る彼女のことを喰らっていただろう。
「っくしゅ……!」
秋の夜は肌寒い。瑠璃は身を震わせ、ごろりと横になって身を丸めた。
それによって、また服が乱れる。情欲を誘う華奢な肩が土方の目に留まった。
「風邪引くなよ」
しばし眺めてしまっていた自分を恥じながら、土方は毛布を掴んだ。体をすっぽり覆うように、瑠璃の上にかけてやる。
彼女は、言わば妹のようなもの。彼女の肌を見つめていると、何か禁忌を犯しているような気分になった。
たとえ、どんなに綺麗であっても、妹の肌に目を奪われる兄などいないはずなのだから。
「……?」
土方は、違和感を感じた。たった今毛布で覆い隠した彼女の肌は、何故あんなにも綺麗なのかと。
まるで陶器のように、白くて美しい肌をしていた。
そこには、1つも傷がなかった。
ハッとして、土方は意味がないと知っていながら問いかけた。
「お前……なんで傷がないんだ?」
彼女はずっと、虐げられていたはず。幼い頃から土方が迎えに来るまでの間に、何度でも。
彼女は以前語った。
村の外の人の目に触れれば噂をされてしまうから、村人は無意識に見えない場所に傷を付けることを好んだと。
だから服で隠れる場所は何度も暴力が振るわれた。殴られたことも、蹴られたことも、斬られたことも、焼かれたこともあると。
ならば何故、その傷跡は見えない? もし本当であれば、彼女の体は傷痕だらけのはずだろう。
眠る彼女は答えない。それでも、真実は確かにそこにある。
確かに1度、土方は見たのだから。
どんなに優れた医者が手術をしようと、どれだけの時間が経とうと、決して消えないだろう傷ができた瞬間を。
他の傷はこの際どうでもいい。運良く消えたと思って見逃そう。
だが、どうしても確かめたくなった。すぐそこに存在するはずの、その傷だけは。
「……悪い」
土方は毛布を捲る。横を向いて眠る瑠璃を仰向けにさせ、太腿の上に軽く跨がった。
何も知らずに穏やかに眠る瑠璃を見下ろしながら、土方は襟に手を伸ばす。
うるさいくらいの、張り裂けそうな鼓動の高鳴りを感じる。別に彼女を犯そうなんてわけでもないのに。
ただ、確かめたいだけなのだ。
彼女が抱える傷について。