銀魂 長編
□第十八話
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瑠衣がやって来てから、2週間ほどが経過したある日。
「さて、瑠璃ちゃん。何故呼び出されたか分かるか? 」
瑠璃は近藤と向き合って座っていた。いつも朗らかな笑顔を見せてくれる彼が、今日は厳しい雰囲気を纏っている。
「総悟が出張している今、一番隊は瑠璃ちゃんが纏めるべきだ。その事は分かっているな?」
「もちろん。……尽力している、つもりですが? 」
「仕事だけ出来りゃいいってもんじゃないよ。信頼関係がちゃんと出来てねぇと、組織は脆いんだから」
この2週間あまり、瑠璃は瑠衣に命じられた通りに行動した。
無視をしたり、態度を冷たくしたりと……様々な方法で隊士たちとの絆にヒビを入れてきた。
その甲斐あって、今では瑠璃は多くの隊士との間に溝ができている。会話はおろか、目をまともに合わせられる人はほとんどいない。
「ここ最近、皆と上手くいっていないようじゃないか。……いったいどうしたんだ。何か理由があるなら、言ってくれないと分からんだろう」
「何もありません。私はただ、普通に過ごしています」
姉に命じられているなど、言えるはずがない。もし言えたとして、誰が信じるだろう?
瑠璃とは正反対に、瑠衣の方は隊士たちの評価がどんどん高まっている。
今さら何を言っても、瑠衣の本質は彼らに届かない。彼女がどんなに嘲り笑っていても、嘘を塗り固めて作った聖女の仮面が覆い隠すからだ。
「瑠璃ちゃんが変な勘違いをされやすいことは知っているよ。でもなあ、ただでさえ妙な噂が流れているのに……」
近藤のいう妙な噂というものは、瑠璃の耳にも当然入っていた。
攘夷浪士と内通している、といった根も葉もない馬鹿げた噂だ。それらを最初に言ったのは瑠衣で、広めていったのは瑠衣の猫かぶりに騙された一部の隊士たちだった。
瑠璃と関わることが多い隊長や副隊長格となればまず信じるものはいないが、関わりの浅い隊士たちとなるとまた別だ。
「俺は瑠璃ちゃんが噂とは正反対の清廉な子だと知ってるさ。だが、最近の言動から邪推して、瑠璃ちゃんを疑っている奴は多い」
近藤は瑠璃をまっすぐ見つめた。
「態度を改めてはくれないだろうか? 」
このままでは瑠璃の立場も危うい。それらも危惧しての忠告であることはちゃんと理解できた。
だが、理解したからといって、行動に移せるかどうかは別だ。
「……何をどう改めるか、理解しかねます」
それだけ言うと、瑠璃は立ち上がって背中を向けた。背中に向けられる近藤の視線が痛い。
部屋を出る前に、瑠璃は1つだけ質問した。
「副長たちは、まだ戻りませんか?」
「宿泊している町の近くで近々浪士の会合が行われることが噂されていて、そちらにも向かってから帰ってくると言っていた。当分は戻れないだろう」
瑠璃は前髪の奥で目を細めた。胸のうちの重苦しい気持ちを見抜かれる前に、無言で部屋を出る。
近藤はその背中を見送ってから、ため息をついた。彼女の思考がいつも以上に読めず、苦悩しているのだ。
しばし考えを巡らせたあと、携帯を取り出してコールを鳴らす。3度目が終わる頃、返事が返って来た。
「どうした、近藤さん。なんの用だ? 」
「ちょっと、瑠璃ちゃんのことで相談があってな」
電子機器を通して、訝しむ土方の声が聞こえる。瑠璃がどうした、と尋ねる彼の声は何だか心配そうだ。
「ここ最近、様子がおかしいんだ」
「例えば?」
「元気がない。あと、人を寄せ付けないようにしていると見える。山崎とは揉めたようだし」
「……なるほど、それは確かにおかしいな」
瑠璃が1番信頼を寄せているのは、間違いなく土方だ。彼が問えば、ここ最近の奇妙な言動の数々の原因を話してくれるのではないかと近藤は睨んでいた。
近くにいる自分たちよりも、遠くにいる土方を頼ったならそれはそれで悲しい。しかし、彼女の本心を知れるなら、手段は選んでいられない。
「用事が片付いたら電話する。何か分かれば伝えるよ」
電話の向こうは何やら騒がしい。土方も忙しいようだ。短い会話のあとで、通話を終える。
携帯をポケットにしまってから、近藤は縁側に出た。曇り空を見上げ、物思いに耽る。
この空のように何かを隠す彼女の心中に、思いを馳せた。